あかちゃんの心に映るもの ーあかちゃんとおとなのための演劇 ベイビーシアター 『水の駅』 に寄せて #2
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ベイビーシアターを作るということ
あかちゃんは “何” をみるか
谷:実は、ベイビーシアターの研究会に参加していた時は不安がありました。いわゆる認知の部分です。あかちゃんの目の見える範囲だとか、色や形の認識の仕方、あるいは耳の聞こえる範囲や聞こえ方など、当たり前なんですが大人とは異なった部分がたくさんありますよね。それが作品を作る上でかなりの工夫を必要とするのではないか、自分のやってきたことは果たして通用するのか、と心配したこともあります。
だけど次第に「いけるんじゃないか?」と思うようになりました。
前回、あかちゃんの感覚の繊細さについてお話ししましたが、さらに言うと、あかちゃんはこちらが全力で提示したものに対してはしっかり集中してみてくれるんです。
例えば僕と子どもの話なんですが、あかちゃんとあそぶ時にダンスをしてみたんですよ。最初は面白がってもらおうとしてちょっとふざけた感じで踊っていたんですけど、これが全然ウケないんです。仕方ないから僕の数少ないダンス経験を総動員して全力で踊ってみたら、それはしっかりみてくれた。日々子どもと過ごす中で何度かそういうことがあって、やっぱり適当にやってもみてくれないんだなと強く感じました。
もう一つ例を挙げると、家でたまに子どもと動画サイトを見たりするんですが、大人が熱意を込めて作ったものは、子どものことも惹きつけるんです。これは動画に限らずですが、大人が本気で楽しめるものは、あかちゃんも興味を示します。だからこそ中途半端にあかちゃん向けに寄せて何かを作るよりも、自分が感じるものや培ってきたものをあかちゃんにもみてもらえるようにする、という風に考えた方がいいのだろうと感じています。
なので、自信を持って作品を提示することが一番大事だなと今は思います。少しでも弱々しくなったり、こちらの集中が欠けてしまったりするとすぐにそれが伝わってしまうので、あかちゃんというのはものすごく信頼感のある観客だなと感じています。
弓井:まず前提として、ベイビーシアターはあかちゃんが参加する環境作りが非常に重要なのですが、今回は作品作りという点に絞ってお答えしますね。
これまでに何度かベイビーシアターを作ってみたい、という方からの相談を受けたことがあるのですが、多くの人が悩んでいるのは作品の内容をどうするか、という部分です。あかちゃんのために作るので、たとえば発達心理学とか、専門的な勉強をしないと作品が作れないのではと心配されるんですよ。もちろん、それらの知識は作品づくりを助けてくれると思います。でも、「あかちゃんのことを考えて作る!」と無理したテーマを設定するならば、自分が持っている芸術的なテーマを扱うのが一番だと思っています。
大人が "あかちゃんにとって良いものを作ろう" と意識し過ぎてしまうと、大人の頭で考える範囲から出られないんです。ですので、表現する内容に関してはその人が探究したいテーマを大事にすることがベストだと思います。
一方で、「大人が作ったものをあかちゃんがみる」、それだけでベイビーシアターと言えるのか?、とも考えています。
クオリティの高いものをみせないとあかちゃんは納得しない。だけどそれじゃあ大人向けの作品をそのままみせればいいかと言うと、それもまた違うと思うんです。ベイビーシアターを成立させる際に、いわゆる教育的観点は欠かせない要素だと思っています。それは、私たちがあかちゃんに対してどういう気持ちでいるか、あるいはどういうスタンスでいるか、どういう気持ちであかちゃんと向き合おうとしているかという観点です。あかちゃんにみせる上でのスタンスなしで、大人向けの演劇をみせて、「これがベイビーシアターです!」というのはちょっと違うなと。
今回私たちの作る『水の駅』という作品でも、どうやってあかちゃんたちを巻き込むのか、それを考えていくのが大事です。今回の公演で、私たちがあかちゃんに何を伝えられるのか、何を一緒に考えていけるのかというところは、クリエーションの過程で、演出の谷さんや俳優さん、スタッフの皆さんと一緒にみつけていきたいと思っています。
これからのベイビーシアター
ボーダーレスを目指して
谷:"いつかこうなったらいいだろうな"という指針というか、芸術家像があります。山口情報芸術センターの「コロガルパビリオン」(2015年)に携わっていた時にお世話になっていた、会田大也(あいだだいや)さんです。彼は僕の師匠と言ってもいい方で、元々はアーティストとして活動されていました。当時、会田さんは教育普及担当としてセンターに勤務していたんですが、彼はオープン前の環境チェックのために、自分の子どもを施設で遊ばせていたんです。その光景がとても印象的で、子どものことをすごく信頼しているんだなと思いました。
そもそもこの企画は子ども向けに立ち上げられたものではなく、"メディアとはどういうものか" 考える中で生まれた作品です。僕もいつか自分に子どもができたり、近くに子どものいるような環境になったら、同じように子どもたちには分け隔てなく自分の作品をみてもらえるようになったらいいな、と感じたことを覚えています。
実際に今、自分がそういう立場になってみると、大人にみせるよりも子どもにみせると想定した方が、この作品を世に出していいのかどうか、自分により深く問うことができると感じています。作家としてパブリックな場に作品を提示する際、「それ目の前にあかちゃんがいてもやれるの?」って言われたとしても、「全然大丈夫ですよ!あかちゃんもみて下さいよ!」って答えられるものを作りたいなと思っています。
弓井:ヨーロッパで近年言われている言葉に「Youth theatre is dead, but long live youth theatre.」というものがあります。これは「子ども向けの演劇はもう終わり、ここから真の子ども向けの演劇が始まる」というような意味なんですね。今こうして私と谷さんが始めようとしている、”long live” するあかちゃん向けの演劇って一体どういうことなのか、今後も考えていきたいなと思っています。
少なくともBEBERICAが作るベイビーシアターでは、あかちゃんと大人が対等になって一緒に同じものをみて、同じことについて考える場を作ろうとしています。もしかしたらこうしてベイビーシアターが続いていく中で、100年後ぐらいには大人向けの演劇とか子ども向けの演劇という線引きがなくなっているかもしれない。それがベイビーシアターの目指す未来なのかなと思ったりもしています。
ベイビーシアター 『水の駅』 公演概要
【話し手/プロフィール】
谷 竜一(たにりゅういち)
詩人/演劇作家 舞台芸術ユニット「集団:歩行訓練」代表。1984年福井県大飯郡高浜町生まれ。山口大学教育学部卒。東京芸術大学大学院音楽研究科芸術環境創造領域修了。社会に内在する演劇性を基盤に、シリアスに、しかしあくまで軽やかに作品を答えるべき問題に転化する作風で、独特の評価を得ている。主な作品に『ゲームの終わり』(2013, 作:S.beckett)、『不変の価値』(2012, F/T12公募プログラム他)。現代美術や文化・芸術関係事業のディレクターとしても活動。『コロガルパビリオン』プレイリーダー(山口情報芸術センター[YCAM], 2013-2014)など、教育普及事業や参加型のアートプロジェクトの現場にも関わりが深い。京都芸術センターアートコーディネーター、京都府地域アートマネージャー(山城地域担当)を経て、2021年より京都芸術センタープログラムディレクター。BEBERICA theatre companyではこれまでドラマトゥルクとして協働。『水の駅』が初のベイビーシアター作品の演出となる。
弓井 茉那(ゆみい まな)
BEBERICA theatre company代表、一般社団法人日本ベイビーシアターネットワーク理事、演劇教育者。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)、座・高円寺劇場創造アカデミーで舞台芸術と演劇教育を学ぶ。俳優として10年ほど活動し、その後ドイツ・デュッセルドルフの児童青少年劇場で演劇教育士として、日本人コミュニティへのアウトリーチ、インリーチプロジェクトに従事。国際児童青少年舞台芸術協会の世界大会のプログラムで次世代の担い手の一人に選ばれる。2016年より、0~2歳の乳幼児とおとなを観劇対象とする演劇作品 「ベイビーシアター」 を制作するBEBERICA theatre company(ベベリカ・シアターカンパニー)を設立。2020年にアジア初となるベイビーシアター実践家のネットワーキングを目的とした国際イベント「第1回アジアベイビーシアターミーティング」を開催。共訳書に『出産を巡る切り絵・しかけ図鑑』(化学同人)。
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