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オコゼたち【本編無料】

1話「君の呼ぶ声」
2話「残像」

シリーズ名を決めました。『怪奇呪ッ食』です。
イントネーションは「怪奇」で区切り、「呪ッ食」は「十色」と同じイメージです。

※本編無料です。



登場人物

バイト応募者
ヤマダ  (40代後半)
ピヨキチ (20代) 
エンペラー(10代後半)
タロイモ (50代)
ホッパー (20代)
カズの代理(20代前半)

指示役
ナイトウ(50代)
サイトウ

カミサン
スーさん(60代)

サイレン



本編


〇スマホ画面・SNSのタイムライン
ナイトウが投稿したメッセージ。
『スタッフ急募! 
初心者歓迎 年齢不問 履歴書不要 
荷物を運ぶ簡単なお仕事です
募集人数6名
最低6万円~要相談
運転免許がある方を優先的に採用いたします。
ぜひDMにてご応募ください(^o^)丿
担当:ナイトウ』

〇駅前(夕)
閑散とした小さな駅。
駅の改札から出てくる休日の社会人然とした中年男性・ヤマダ。
目の前の公園に向かう。

〇駅前公園(夕)
公園には背の高い時計がある。
そこに5人の男が集まっている。
気弱そうなエンペラー(名前)。
ヘラヘラとしているピヨキチ。
ブツブツと何か言っているタロイモ。
仏頂面のホッパー。
ひとりだけさわやかなカズの代理。
ヤマダ、その集団に近づく。

ピヨキチ「オジサンがナイトウさん?」
ヤマダ「あ、いや、違います」

ヤマダ、軽く会釈をして5人組に加わる。

ナイトウ(OFF)「いやぁ、遅くなってすみません」

ニコニコと微笑むナイトウが男達に近づいてくる。

ナイトウ「もう全員集まっているようですね。ナイトウです、よろしくお願いします」

ナイトウ、男達の顔を順番に見る。

ナイトウ「ヤマダさん、エンペラーさん、ピヨキチさん、タロイモさん、ホッパーさん……」

ナイトウの点呼にあわせて、それぞれの顔を表示。

ナイトウ「あれ?」

ナイトウ、さわやかな顔をしたカズの代理を見て驚く。

カズの代理「……カズです」
ナイトウ「お顔が、提出していただいた顔写真とだいぶ違いますが……」
カズの代理「すみません、カズの代理で来ました」
ナイトウ「ああ、代理はちょっとねぇ……カズさんがよかったんですよぉ」
カズの代理「ダメですか、やっぱり」
ナイトウ「そうなんですよぉ。お仕事は任せられませんが、せっかくこんな田舎まで来てもらったので……」

ナイトウ、ポケットから財布を取り出してカズの代理に3万円を渡す。

ナイトウ「これ、交通費となんかの足しに」
カズの代理「(3万を受け取り)ありがとうございます」
ナイトウ「それじゃあ」

カズの代理、軽く頭を下げてから公園を後にする。

ナイトウ「さぁ、人数は減ってしまいましたが、その分取り分は増えたと思ってください」

残った5人の男達、少し嬉しそう。

〇公園・無料駐車場(夕)
コーティングがはげたワゴン車(ワンボックスカー)の前に集まる男達。

ナイトウ「皆さんには、この車である場所まで荷物を届けてもらいます。荷物は車の後ろに、荷物を届ける場所はナビに登録してあります」

ナイトウ、車の鍵を取り出す。

ナイトウ「何人か運転できましたよね?」
ホッパー「俺が――」
ピヨキチ「(言葉尻を食って)運転したいでーす」

ピヨキチ、ナイトウから鍵を受け取る。

ホッパー「(舌打ち)」
ナイトウ「それじゃあ、一旦スマホは回収させてもらいますね」
エンペラー「え、え……」
ナイトウ「大丈夫、大丈夫。後でちゃんとお返ししますから」
エンペラー「でも……」
ホッパー「さっさと出せよ」

エンペラー、ホッパーの声に怯えて慌てて自分のスマホを取り出す。
タロイモ、何かブツブツ文句を言っているが大人しく自分のスマホを出す。
ナイトウ、全員からスマホを回収して巾着の中に入れる。

ナイトウ「次の指示は目的の場所に到着したらわかるんで、よろしくお願いします」

ワゴン車に乗り込むナイトウ以外の5人。
走り出すワゴン車。
それを見送るナイトウ。

ナイトウ「いってらっしゃーい」

ワゴン車が走り去るのを見届けてから、同じ駐車場内のSUVに向かうナイトウ。

〇SUV車内(夕)
運転席に乗り込むナイトウ。助手席にはサイトウがいる。
サイトウ、缶コーヒーを飲んでいる。

サイトウ「ひとり少なかったですよね」
ナイトウ「ひとり、勝手に別のヤツが来たんですよ。そいつがさわやかな好青年顔で」
サイトウ「あー、それはダメなんでしたっけ」
ナイトウ「そうなんですよ。おかげで3万無駄にしました」
サイトウ「でも夜が明けたら、3万なんてはした金なんでしょう?」
ナイトウ「そうなんですよぉ」
サイトウ「どこ行きます?」
ナイトウ「美味いもん食べに行きましょう」

と、カーナビを操作する。

〇カーナビ画面(夕)
山へのルートを出しているナビ。それを操作するホッパーの指。

ホッパー(OFF)「これ山に向かってんな」

〇ワゴン車内(夕)
運転席にピヨキチ、助手席にナビを操作するホッパー。
2列目にヤマダとエンペラー、3列目にタロイモ、その後ろにはフタつきの大きなコンテナボックスが積まれている。

ピヨキチ「山に荷物って何だろうね。死体だったりして。開けてみる?」
ホッパー「お前トーシローか。この手の仕事は中身を知らないまま運ぶのが鉄則だろうが」
ピヨキチ「はーい」
タロイモ「(ボソリと)こんなバイトにプロも何もあるか」
エンペラー「あの、皆さんはSNSのバイトって何度も経験されてるんですか?」
ホッパー「詮索すんなよ」
エンペラー「あ、すみません……初めてで」
ピヨキチ「俺は何度かあるよー」
ホッパー「(ピヨキチを睨む)……」
エンペラー「何か気をつけることってありますか?」
ピヨキチ「えー、特にないよ」

エンペラー、タロイモとヤマダを見る。タロイモはずっと何かをつぶやいているのでスルー。

エンペラー「(ヤマダに)あなたも初めてですか?」
ヤマダ「……そうですね」
エンペラー「普通の人っぽいのに、どうしてこんな仕事に応募したんですか?」
ヤマダ「まぁ……入り用で」
エンペラー「へぇ、そうなんですかぁ」
ホッパー「(エンペラーを見て)おい」

エンペラー、委縮して静かになる。

〇郊外道路(夕)
車道を走るワゴン車。
その先には大きな山が待ち受けている。

〇山の入り口(夜よりの夕)
日が落ちてきている。
舗装された二車線車道を走るワゴン車。

〇ワゴン車内(夜よりの夕)
ピヨキチ「なんだあれ」
ホッパー「あ?」
ピヨキチ「誰かいる」

道の先、車道脇に誰かが立っている。
スカジャン、黒マスク、ビーチサンダル、手にはペットボトルの男・サイレンが車に向かって手をあげている。

ピヨキチ「ヒッチハイク?」
ホッパー「ヤバいヤツに決まってんだろ、ほっとけ」
ピヨキチ「えー、気になるじゃん。話だけでも聞こうよ」
ホッパー「仕事中だろ」
ピヨキチ「(笑って)真面目だなぁ」
ホッパー「殴られたいのか」
ピヨキチ「はいはい」

ピヨキチ、サイレンを見ながら片手で『ゴメン』のハンドジェスチャーをして、そのまま車を走らせる。

〇山の入り口(夜よりの夕)
通り過ぎていくワゴン車を見つめるサイレン。

〇山の中腹(夜)
山の中腹まで来たワゴン車。
街灯もなく、明かりは車のヘッドライドのみ。
舗装はされているものの道幅が狭く、車が一台通れる程度。

〇ワゴン車内(夜)
ピヨキチ「こっから?」

ホッパー、ナビを確認。
ナビの目的地は、現在地から右折するルートを表示している。

ホッパー「右折だな」
ピヨキチ「うわぁ、ヤダなぁ」

木々の合間に右折できる道はあるものの、舗装されていないけもの道。
ピヨキチ、渋々とハンドルを右へ。

〇山道(夜)
木々の合間の未舗装の道を走るワゴン車。
やがて、木々に取り囲まれた空き地のような場所へ出る。

〇ワゴン車内(夜)
ナビ「目的地に到着しました」

ピヨキチ、車を止めてシフトレバーをPに入れる。
ピヨキチとホッパー、正面を見たまま神妙な顔。

エンペラー「あの、着いたんですか?」

後部座席の3人も正面を見る。

ピヨキチ「これ系か……」

車の正面には、ヘッドライトに照らされた小さな祠が見える。

エンペラー「な、なんですか、あれ……」
ヤマダ「祠?」
ホッパー「(エンペラーに)おい、お前見てこい」
エンペラー「えっ」
ホッパー「行けよ」
エンペラー「……」

エンペラー、車から出る。

〇山・祠のある地(夜)
ワゴン車から出て、おそるおそる祠に近づくエンペラー。

エンペラー「!」

祠の前、重石に敷かれたメッセージ(防水対策のビニール袋に入れられている)が置いてある。
メッセージ『ここに荷物を置いてフタを開けてください。報酬の受け取り方が書いてあります。ナイトウ』

エンペラー「(車に向かって)ここに荷物置くみたいです!」

他4人、ゾロゾロ車から出てくる。
タロイモは車の後方から動かず、ヤマダ、ホッパー、ピヨキチは祠に近づく。

ホッパー「(メッセージを見て)くそ、中身見んのかよ」
エンペラー「ど、どうします?」
ピヨキチ「開けなきゃ、ギャラの貰い方もわかんないってさ」
ヤマダ「それなら、運びましょう」
ピヨキチ「うん、よろしくー」
ヤマダ「(不本意そう)」

バックドアを開けてコンテナボックスを取り出すヤマダとエンペラー。
タロイモは車の後方で、ヤマダとエンペラーがコンテナボックスを運ぶのをただ見ているだけ。
コンテナボックスが祠の前に置かれる。
ヤマダとエンペラー、緊張した様子でうなずき合ってコンテナボックスのフタを開ける。
その途端、ボックスの中から複数の大きな笑い声。
笑い声と同時にビクリとする一同。
4人がボックスの中を見ると、大量の笑い袋が入っている。
笑い袋の笑いは止まる気配がない。

ピヨキチ「金の受け取り方は?」

と、コンテナボックスの中を漁る。
笑い袋を掻き分けると、下には米やペットボトル、お菓子、男性用衣類、石鹸、カミソリなどの生活用品。
意味がわからず困惑する一同。
タロイモも遠くから4人の様子を見ている。
パキパキッとタロイモの背後から小枝の折れる音。
振り返るタロイモ。
タロイモ、絶句。

タロイモ(OFF)「ぎゃああああ!!」
他4名「!?」

タロイモの方を見る4人。
タロイモの視線の先には、派手柄ワンピースを着て頭に不透明な黒いゴミ袋を被った体長3・5メートルほどの巨体肥満女性・カミサンが立っている。
唖然とする一同。

タロイモ「(後ずさりながら)ば、化け物……」
カミサン「……」

カミサン、タロイモの全身を平手打ちしてワゴン車側面に叩き潰す。
大きく凹むワゴン車側面。タロイモ、その場にくずおれて死亡。
それを見た他4人。蜘蛛の子を散らすように逃げる。
ホッパーとエンペラーは左手、ヤマダとピヨキチは右手に逃げる。
カミサン、ホッパーとエンペラーを走って追いかける。

ホッパー「くそっ」

ホッパー、前を走るエンペラーの首を掴んで後ろに引っ張り倒す。
仰向けに転ぶエンペラー、その隙に逃げるホッパー。

エンペラー「!」

エンペラーを見下ろすカミサン。

エンペラー「ひ、ひっ」

仰向けから体を起こして逃げようとするエンペラー。
カミサン、指を使ってエンペラーの片足を地面に押し付けて軽く潰す。ペキッと音がする。

エンペラー「うああああ!」

悲鳴を上げてから、意識を失うエンペラー。
カミサン、遠くに逃げたホッパーは追わず右手に走り出す。

〇山中(夜)
暗闇の中、山林を走って逃げるヤマダとピヨキチ。
明かりは月と後方に置いてきたワゴン車のライトのみ。

ピヨキチ「どわっ!」

ピヨキチ、木の根っこに足を引っかけて転ぶ。
急いで立ち上がろうとするピヨキチの後ろから、カミサンが猛スピードで追いかけてくる。
ピヨキチ、近づいてくるカミサンに向かって両手を上げる。

ピヨキチ「降参、降参!」

ピヨキチの前まで来たカミサン、ピヨキチを両手で掴む。

   ×   ×   ×

暗闇の中逃げるヤマダ。
ワゴン車のある祠から遠く離れて、月明かりしかない。
方向がわからなくなり、あたりをキョロキョロと見る。
遠くからウー……とサイレンの音。

ヤマダ「!!」

ヤマダ、音に怯えて再び走り出す。
ドン!と何かと衝突して尻餅をつく。

ホッパー「ってぇな!!」

衝突したのはホッパー。

ヤマダ「反対方向に逃げたんじゃ……」
ホッパー「それはお前だろうが!(周囲を見て)くそっ、道はどこだよ……」

歩き始めるホッパー。
慌てて立ち上がり、ホッパーを追いかけるヤマダ。

ヤマダ「道に出るつもりですか?」
ホッパー「他にねぇだろ」
ヤマダ「お金の受け取り方を確認できてませんよ」
ホッパー「馬鹿かお前。そんなのなかったんだよ」
ヤマダ「それって……騙されたってことですか?」
ホッパー「そーだろ。ハナからバイトじゃなかったんだ」

遠くでサイレンの音がまだ聞こえる。

ヤマダ「(怯えて)………隠れましょう」
ホッパー「ああ?」
ヤマダ「道に出てアレと遭遇したら逃げられないですよ……どこかに隠れて夜明けを待ちましょうよ……」
ホッパー「…………」

ホッパー、考える。

ホッパー「あの車、まだ動くと思うか?」
ヤマダ「たぶん……はい、たぶん」
ホッパー「わかった。まずは化け物から隠れて、夜明けに車に戻るぞ」
ヤマダ「はい!」

ヤマダが頷いた直後、真上から降ってきたワゴン車にグシャリと潰されるホッパー。
ヤマダの顔にホッパーの血がかかる。
大破したワゴン車、ルームランプが点灯状態で周囲を照らしている。
ワゴン車の下で潰れているホッパーの死体も照らされている。

ヤマダ「あ、あ……」

ヤマダ、白目をむいて倒れる。
倒れたヤマダにゆっくりと近づいてくるカミサン。
ヤマダを抱き上げて、どこかへ移動する。

〇カミサンの家・収容部屋(夜)
閉じていた目を開けるヤマダ。

ヤマダ「…………」

コンクリートの天井。

ピヨキチ「あ、起きた」
ヤマダ「!」

マットに横たわっていたヤマダ。体を起こす。
四面コンクリート打ちっ放しの広い部屋。
部屋の右手奥には流し台と冷蔵庫、左手奥にはトイレとシャワーブースもある。
近くにはテレビや本棚があり、ゲームや漫画、水槽なども置いてある。

ヤマダ「ここは?」
ピヨキチ「さっきのデカいヒトの家かな」

ピヨキチ、流し台の換気扇の下でタバコ(ジョイント)を吸っている。

エンペラー「この部屋、僕の家より全然大きいです……」

エンペラー、ヤマダとは別のマットの上に横たわっている。
片足に添え木と包帯。誰かが応急処置をしたらしい。
エンペラーの近くに背の高い小窓付きの鉄扉がある。
鉄扉を見るヤマダに気がついたピヨキチ、手を振る。

ピヨキチ「無理無理。開かないって……ほら」

ピヨキチ、ヤマダに向かってペットボトルのお茶を放り投げる。
ヤマダ、受け取れず地面に落とすが、すぐに拾う。

ヤマダ「どこにあったんです?」
ピヨキチ「そこの中」

ピヨキチが指さした先には、自分達が祠の前に置いたコンテナボックスがある。

ヤマダ「……」

不審に思いながらも、お茶を飲むヤマダ。

エンペラー「こんなことになるなんて……僕、初めてのバイトだったんです」
ピヨキチ「よりにもよって?」
エンペラー「面接のあるようなバイトは怖くて無理で……」
ピヨキチ「(同情)そっかぁ」
ヤマダ「今なら他に面接のないバイトあるじゃないですか。アプリで応募してスキマ時間に働けるような……」
エンペラー「もちろん調べましたよ。ああいうのって争奪戦なんです」
ピヨキチ「時給も安いしねー。オジサンこそ、なんでこんなバイトに応募したの。何か入り用だっけ?」
ヤマダ「……」

ヤマダ、近くに置かれている携帯ゲーム機を見る。

ヤマダ「(しんみり)娘の手術費用が欲しくて……給料じゃ足りなくて……」
ピヨキチ「(特に刺さらず)あらら大変だね」
ヤマダ「(不服)……」

ガチャリと鉄扉の小窓が開く。
一斉に小窓を見る3人。
外からお盆がさし込まれる。
お盆の上には3杯のうどん。
ヤマダとピヨキチ、小窓を覗く。
外から長髪で髭がモジャモジャの男・スーさんがこちらを見ている。

スーさん「温かいうちにお食べー」
ピヨキチ「(お盆を受け取りながら)オッサン、誰」
スーさん「スーさんって呼んで。あ、あんたらが持ってきた荷物」
ピヨキチ「コンテナ?」
スーさん「そうそう、コンテナ。あれ全部あんたらのだから。冷やせるもんは冷蔵庫に入れときなよ。米はちゃんと米びつに移すんだぞ」
ピヨキチ「ここで生活させる気満々じゃん」
ヤマダ「すみません、スーさん。僕達は、なんでここに入れられたんでしょうか? さっきの化け物――」
スーさん「(『化け物』に被せて)そういうことを言ったらダメだぞ。今はそういう時代なんだろ?」
ピヨキチ「あのビッグレディは、何なんだよ」
スーさん「カミサンだよカミサン。祠があっただろ?」
エンペラー「それって……神様ですか?」
スーさん「そー。そんでお前らはカミサンへの供物だよ」

動揺するヤマダ達。

ピヨキチ「いや……これが美男美女ならわかるけど……なんで俺ら?」
スーさん「カミサンは……んー、言葉を選ぶと……整ってない顔のヤツが好きなんだ」

スーさん、部屋の中の水槽を指さす。
そこにはオコゼのはく製。

〇焼き肉店(夜)
サイトウ「オコゼ?」

和室(個室)で焼き肉を食べているナイトウとサイトウ。
ナイトウが机中央のロースターで肉を焼いている。
サイトウはモグモグ肉を食べている。

ナイトウ「はい。オコゼを供えることは、そう珍しくありません。日本各地の山や神社でよく見られる風習や神事です」
サイトウ「何故オコゼなんですか」
ナイトウ「理由はまぁ諸説ありますが、オコゼは変な顔でしょう?」
サイトウ「ええ」
ナイトウ「山の神の多くは、自分の容姿をひどく気にしておられる。ですから、オコゼを捧げるんです。なかにはオコゼを見て笑う神事もあります。ウチもそうでした」

ナイトウ、焼けた肉をサイトウの小皿に置く。

ナイトウ「すると、山の神も安心するんですよ。下には下がいるとね」
サイトウ「いい性格をしていますね」
ナイトウ「そうですねぇ」
サイトウ「お宅はどうしてオコゼから人間に?」
ナイトウ「私の祖父――先々代当主のアイディアですよ。オコゼは高いんです。毎年この時期にとれるかどうか、わかりませんでしょう」

ナイトウ、サイトウの空いたグラスに酒を注ぐ。

ナイトウ「人間はいいですよぉ……タダで手に入りますし、腐っても『生産性』はありますからね」

サイトウ、微笑む。

〇カミサンの家・収容部屋(夜)
空になった3つのどんぶりが机の上に置いてある。

エンペラー「供物って殺されるんでしょうか?」
ピヨキチ「しばらくは生活できそうだけど、ゆくゆくはってことも」
ヤマダ「そんな……」
ピヨキチ「こりゃ隙を見て逃げるしかないかなー」

ガチャッと外側から音がして鉄扉が開く。
スーさんが入ってくる。

スーさん「(後ろを見ながら)追っかけられて可哀想になぁ、イケメンがなんだっていうんだよ、なぁ?」

続いてカミサンがヌッとかがんで部屋に入って来る。
警戒するヤマダ達。

カミサン「ウッ、ウ、ウゥ」

カミサン、ゴミ袋を被ったまま泣いている。

スーさん「ほら、見てごらん。今年も粒ぞろいだろ?」

と、ヤマダ達を見るように促す。
カミサン、ヤマダ達を見る。

カミサン「ウブッ、ウブブブブッ!」

肩を震わせて笑うカミサン。
カミサン、ピヨキチに近づく。
ピヨキチ、逃げようと立ち上がる。

ピヨキチ「マジかよ」
スーさん「失礼はダメだ。大人しくしてたら大丈夫だ」
ピヨキチ「……」

ピヨキチ、両手を上げる。
カミサン、ピヨキチを掴んで赤子のように抱く。
次に空いた手でヤマダを掴もうとする。

ヤマダ「ひ、ひぇっ」

ヤマダ、逃げようとするもすぐに捕まえられる。
カミサン、ピヨキチとヤマダを抱えて部屋を出る。

エンペラー「あ、あの……」

取り残されたエンペラー、スーさんを見る。

スーさん「(エンペラーの足を見て)ごめんなぁ、そんな処置しかできなくって」
エンペラー「いえ、ありがとうございます……」

スーさん、目を細める。

スーさん「大丈夫、大丈夫。自分がされたら嫌なことさえしなければいいんだ。それが大事だろ?」

〇同・廊下(夜)
ヤマダとピヨキチを抱えて歩くカミサン。
壁床天井共にコンクリート打ちっ放し。
左手側には等間隔に鉄扉、右手側には黒く塗りつぶされたガラス窓。

〇同・栽培部屋(夜)
広い部屋に出るカミサン。
そこは黒ビニールに覆われた畝にキノコが群生している栽培部屋。
畝の間の道を通り抜けるカミサン。
キノコを見て呆然とするヤマダと、何かに気がつくピヨキチ。
カミサン、部屋の奥の扉を開ける。

〇同・カミサンの部屋(夜)
巨大なベッドがある部屋に到着するカミサン。
ベッドの上にヤマダとピヨキチを置く。
怯えるヤマダとピヨキチ。
カミサン、クローゼットから人間サイズのパジャマを2組取り出す。
   
   ×   ×   ×

カミサン、パジャマに着替えさせたヤマダとピヨキチを両脇に抱えて寝ている。
ピヨキチ、カミサンの様子を窺う。
カミサン、ゴミ袋頭の下で大きなイビキをかいている。
ピヨキチ、ゆっくりとカミサンの腕の中から抜け出し、コッソリと部屋を出ていく。
それに気がつくヤマダ。
ヤマダもカミサンの腕から抜け出す。

〇同・栽培部屋(夜)
カミサンの部屋から栽培部屋に出るヤマダ。スリッパをはいている。
ピヨキチが畝からキノコをむしっている。
ピヨキチ、ヤマダに気がつく。

ピヨキチ「(以降小声で)恐怖の3Pじゃなくてよかったな」
ヤマダ「(以降小声で)……これは何なんです?」
ピヨキチ「有名なキノコだよ。エッグって呼ばれてる」
ヤマダ「え?」
ピヨキチ「いい夢が見れるから人気が高い」
ヤマダ「(戸惑い)…………つまり?」
ピヨキチ「売れるんだよ」
ヤマダ「!」

ヤマダも目の色を変えてキノコをむしり取る。

ヤマダ「売り方教えてくださいね」
ピヨキチ「オジサン、あんまソッチ系に首突っ込まない方がいいと思うよ」
ヤマダ「かまいません。『息子』の命がかかってるんです」
ピヨキチ「……ははっ」

ヤマダをバカにしたように笑うピヨキチ。

ヤマダ「?」

自分のミスに気がつかないまま、キノコをむしるヤマダ。
ひときわ大きなキノコをむしると、畝のビニールが破れる。

ヤマダ「……?」

破れたビニールの隙間からブニョブニョした人間の顔が見える。

ヤマダ「う、うわ、あ!」

ヤマダ、悲鳴と共に尻餅をつく。地面に散らばるキノコ。
ピヨキチ、畝の中を見て驚く。ビニールの下は畝ではなく人間の死体。
近くに刺さっている園芸用ネームプレートには、誰かの運転免許証が貼ってある。
部屋一面、畝(人間)とキノコと免許証の貼られたネームプレートだらけ。

ピヨキチ「(ゾッとして)行こう」

ピヨキチ、パジャマを脱いで袋状にして、中にキノコをまとめる。
ヤマダも這いつくばって地面に散らばったキノコをかき集める。

ピヨキチ「養分にされてたまるかってんだ」

と、立ち上がる。
直後、ピヨキチの顔面にバールの釘抜き部分が突き刺さり抉れる。
倒れるピヨキチ。
ピヨキチの傍でバールを持って立っているスーさん。

スーさん「いい子にしてたらよかったのになぁ」
ヤマダ「わあああ!」

ヤマダ、キノコを持たずにそのまま走って逃げる。

〇同・廊下(夜明け)
廊下を走るヤマダ。
壁に並ぶ黒塗り窓のひとつから、若干開いて日が射している窓を発見する。
ヤマダ、その黒塗り窓を開けて外に飛び出る。

〇山中(夜明け)
外に出たヤマダ、後ろを振り返る。
自分が出てきたハズの建物も何もない。

ヤマダ「(パニック)なんなんだ……どうなってんだよぉ」

ワケもわからないまま、走り出すヤマダ。

カミサンの声「ヴァアアア!」
ヤマダ「!!」

後ろから追いかけてくるカミサン。

ヤマダ「うあ、あ、あ!」

ウーとサイレン音。

ヤマダ「!」

前方の景色が白く染まっていく。

ヤマダ「え、え?」

ヤマダ、立ち止まる。
白い光のあまりの眩しさに目を細める。

カミサン「ぐ、うぅ、う」

カミサンも立ち止まり、金縛り状態になる。
カミサン、正面を見据える。
光の中に人影が見える。
マスクを下ろしたサイレン。

カミサン「ギ、ギ……」

カミサン、サイレンの顔を見てブルブル震える。

カミサン「ギアアアア!」

カミサン、金縛りを強引に振りほどいて走って逃げていく。

サイレン「あっ」

徐々に白い光が弱まっていく。
山林の中、ポツンと立っている通常状態のサイレン。(+ヤマダ)

サイレン「……やっぱり無理か」

と、マスクをつけ直してから、呆然としているヤマダを見る。

サイレン「大丈夫ですか?」
ヤマダ「…………」
サイレン「ああ、乗せてくれなかった人ですね」
ヤマダ「え?」

サイレン、スタスタと歩き出す。

ヤマダ「ま、待ってください」

ヤマダ、サイレンの後を追う。

×   ×   ×

日が昇り、だんだん明るくなる山。(朝)
前を歩くサイレンを追うヤマダ。

ヤマダ「あなたはさっきの……その、女性に何をしたんですか?」
サイレン「何も」
ヤマダ「もし、足止めできるのであれば、手伝ってくれませんか?」
サイレン「何を」

サイレン、不法投棄された山を発見。
汚れてはいるが状態のいい自転車の前で立ち止まる。

ヤマダ「彼女のいた建物に高額なモノを置いてきてしまって……それを取りに行きたいんです」
サイレン「(自転車を点検しながら)高額なモノとは? 具体的に何です」
ヤマダ「それは……」

言い淀むヤマダ。視線をさまよわせると、すぐ先に昨夜の祠があることに気がつく。
祠の前にはキノコ『エッグ』が山積みになって置かれている。

ヤマダ「……あ、すみません。やっぱり大丈夫です。僕はこっちに用があるので、それじゃあ、ここで」

ヤマダ、急いで祠の方へ向かう。
サイレン、離れていくヤマダの背中をチラッと見てから、自転車を押してその場を去る。

〇山・祠のある地(朝)
祠の前まで走って来るヤマダ。
祠の前には、キャンプ用の折り畳みの机の上に山積みになっているキノコ。
ピヨキチがやっていたようにパジャマを脱いで袋状にして、キノコをその中に入れる。

男の声「こらこらー」
ヤマダ「!」

祠の裏手の木々の間からスーさんが歩いてくる。手には猟銃を持っている。

スーさん「返礼品を持ってったらダメだろうが」
ヤマダ「見逃してください、子供の手術をするためにお金が必要なんです!」
スーさん「嘘が下手だなぁ。『キクタ』さん」
ヤマダ「!!」
スーさん「顔だけじゃないんだ。経歴だって、毎年ちゃーんと選んで供えてもらってるんだよ」
ヤマダ「選んでるって……」
スーさん「いなくなっても困らない人間に決まってるだろ」

ヤマダの背後、ナイトウが鈍器のような石を持って近づいてくる。(遠くにSUVが停まっている)

〇SUVのトランク(朝)
紙袋に入れられた大量のキノコがトランクに積まれる。

〇山・祠前の山道(朝)
舗装されていない山道でSUVのトランクを閉めるナイトウ。
サイトウがSUVの助手席から出てくる。

サイトウ「俺が運転しますよ」
ナイトウ「いいんですか? ありがとうございます」

〇山道(朝)
舗装された道に出てくるSUV。

〇SUV車内(朝)
運転席にサイトウ、助手席にナイトウ。

ナイトウ「今年はひとり分少なめですが、それでも当分食うに困らないだけ稼げますよ」
サイトウ「よかったですね」

車を走らせていると、前方車道脇にサイレンを見かける。ボロボロの自転車に乗って颯爽と山を下りている。

サイトウ「…………」

サイトウ、微笑みつつサイレンを車で追い越す。

〇高速道路・トンネル入り口(朝)
山と山を繋ぐような橋梁型の高速道路。
サイトウが運転するSUV、山のトンネルに突入する。

〇SUV車内(朝)
トンネル内に突入したSUV車内。
トンネルの等間隔の照明にあわせて、車内も明滅。

サイトウ「全然神事には見えませんでした」
ナイトウ「傍から見たら悪事のようでしょう?」
サイトウ「相手は本当に山の神なんですか?」
ナイトウ「どうなんでしょう。『山の恵み』さえいただけたら、何だっていいですよ」
サイトウ「それもそうですね」
ナイトウ「気にしたら負けです。深く知ろうとしない。それが長生きのコツです」
サイトウ「大丈夫ですよ。来年からは俺が引き継ぐんで安心してください」

と言いながら、ハンドルにある自動運転ボタンを押す。

ナイトウ「ええ?」
サイトウ「(前を見たまま)アレは神じゃありませんよ」

ナイトウ、サイトウの横顔をジッと見る。
明滅する車内。
穏やかだったナイトウの顔、徐々に顔が引きつっていく。正気に戻る。

ナイトウ「お前誰だ」

ナイトウが『誰だ』と言い終わるよりも先に、ナイトウの首に細身のナイフを突き刺すサイトウ。片方の手はハンドルを握ったまま。
ナイトウは首に刺さったナイフを引き抜こうとするが、サイトウが更にナイフをグッと押しこむ。
ナイトウ、こと切れる前にサイトウの顔を見るが、明滅でよく見えない。

〇高速道路・トンネル出口(朝)
トンネルから出てくるSUV。

〇SUV車内(朝)
何事もなかったかのように運転を続けているサイトウ。
助手席には抜け殻のような服だけが残っている。
窓の外は紅葉が始まった山々が続いている。
その山々、冬の山へと変化する。

〇山・祠のある地(大晦日)
雪がしんしんと降っている。
祠の傍に停車している軽自動車。
浅く積もった雪には、車から祠の裏手の木々へと続く足跡がある。

〇カミサンの家・ダイニング
エンペラー「糸こんにゃく売ってましたよ!」

エンペラーがスーパーの袋を持って部屋に入って来る。
エプロンをしたスーさんが出迎える。

スーさん「雪、大丈夫だったか?」
エンペラー「道路はまだ全然ですけど、山の中は少し積もってきましたね。早めに出て正解でした」
スーさん「わざわざありがとーなぁ。すき焼きに糸こんは欠かせないんだわ」
エンペラー「いえいえ、僕も食べてみたかったんです」

大きくて円い食卓の上には、肉に野菜、鍋のすき焼きセットが並んでいる。
スーさん、テーブルの上にあるワインボトルを指さす。

スーさん「せっかくだから、いいワイン開けような」
エンペラー「やったー!」
カミサン「(笑う)ウッウッウッ」

カミサンが上機嫌で食卓に座っている。(体格差から彼女だけ床に直座り)
彼女の腕には、正気を失い赤子のように指をしゃぶっているヤマダがいる。ヤマダの側頭部は凹んでいる。

スーさん「さぁ、食べよう食べよう」

食事の準備が整い、ヤマダとエンペラーが食卓の椅子に座る。

スーさん「今年は当たり年だったからカミサンもご機嫌だ。供物は少なかったけど、2人も『家族』が増えたからなぁ」
カミサン「(喜んで)ウッ!」
エンペラー「(泣いて)うぅ」
スーさん「どうした、どうした」
エンペラー「僕、みんなでこうやってすき焼きを食べるのって生まれて初めてで……」
スーさん「そーか、そーか。俺も昔はそうだった」

スーさん、エンペラーの肩を抱く。
そのスーさんとエンペラーを、カミサンがまとめて抱きよせる。

カミサン「ウゥ!」
スーさん「ああ、これからはみんなずっと一緒だ」
エンペラー「(泣き笑い)はい!」

仲睦まじく、食卓のごちそうを見つめる3人(+1人)

おわり



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