留学経験のないわたしが子どもを留学させた方法~スイスに留学させた理由編~
息子が生まれた時に内部障害があるとわかり、今後いろんなハンディがあるだろうとわかった。
当時、いじめられた児童が体育用マットにぐるぐる巻きにされて亡くなるという悲惨な事件があった。
わたしは、小柄で、身体が弱く、体力もなく、アトピーもひどく、社交的でもない息子に「逃げ方」を日々教えていた。
周りからなんといわれても、かっこ悪くても「逃げていいんだ」ということを教えていた。手がかかる息子を受け入れてくれる保育園がなかったこともあり、少人数の無認可保育園に預けた。わたしは、なるべく集団行動を教えたくなかった。息子に集団行動をする体力はないから、すぐに落ちこぼれになることは容易に想像できた。わたしは、息子が「集団行動できない」ということで失う必要のない自信まで失ってしまうことを恐れた。
そんな息子は、目論見通り義務教育に適応できなかった。
わたしはたいしたことではないと思っていたが、担任はじめとする学校側は、適応しない息子に対して厳しく罰を与え、わたしにも責任を取るように言ってきた。私はびっくりした。息子がハンディがあっても、自信をもつことができれば、そこから修正していけばいいと思っていたのだが、学校はまず集団行動に適応させるように強く言ってくる。それは執拗だった。わたしは、夏休みの間だけでも、息子の息を吹き返したいと思い、スイスのサマースクールに飛びついた。元気になってほしいと思った。変な話だが、義務教育を続ける元気をチャージするためにサマースクールにやろうと思ったのだ。義務教育との付き合い方がわからなかったし、周りの友人知人からの理解も得られなかった。
教師を長くされていた友人のお父さんに相談した時、「あなたの自信を持たせたいという教育方針を理解してもらうには学校と何度も話し合う必要がある」と言われた。そんな時間は誰にもないと思う。あっというまに子どもは大きくなるのだから。なんとかやり過ごすために、そしてやり過ごさせるためにわたしはスイスのサマースクールにすがったのだ。今考えたらおかしな話だ。今でも留学に関する相談を受けると以前のわたしと同じ体験をしているお母さんに出会う。自分の価値観の土台を変えないといけないのだが、わたしはそこまでは伝えない。なぜなら、経験したことのない価値観で、親や夫に反対される価値観だからだ。本当に大事なことは人から聞いてもわからない、自分でだれからも支持されない中で確立するしかない。