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どんぐり農家を続けるべきか・・・#13 天才の帰還

どんぐり農家を続けるべきか・・・。

この退屈で辺鄙な山奥に住むためにポジティブなことがあった。
守先輩が都会から帰って来たのだ。

守先輩が帰ってきて集会所に来ていると聞き、山菜を放り投げて集会所に向かった。他の面々も同様に守先輩の元に駆けつけて来た。

集会所には中学時代に着ていたであろう、パッツンパッツンで黄ばんだ『三好商店ポニーズ』Tシャツ姿の守先輩がいた。

「守先輩!チーッス!」

「守さん帰ってきてくれたんですね!」

「守先輩!淋しかったっスよ!」
男前の順也が珍しく感極まり目が潤んでいた。

しかし、当の守先輩は外を気にしながら、人差し指を口の前に当てて

「シーッ!デカ声出すなっち!つけられちょるかも知らんので・・・」

酷く周りを警戒している様子だった。

聞けば都会で沢山お金がもらえると誘われて、アルバイトに応募したら
車で住宅に連れて行かれて、強盗に入れと言われたそうで怖くなって

「強盗なんぞやるかやあああああ」

と叫んで逃げ出すと、声がデカすぎてパトカーが何台も駆けつけるような大騒ぎになってしまったのだという。

「一杯お金くれる言うから免許証も送ってしまったし、もっと信頼されたくて住民票も送ってしまったし、印鑑証明も送ってしまったし、要らん言われたがゲオのカードとポンタカードまでスマホで写真を送ってしまったのじゃで組織に狙われちょるんよ」

あれから外を歩くのもビクビクしているし、ゲオとローソンに二度と行けなくなったのだとガッチリした体に似合わず頭を抱え込んでうな垂れるのだ。

なぜそんな危ない金稼ぎに応募したのか聞くと、『女性も金も思いのまま』という広告を見て高額出張ホストに応募したところ、

「君みたいなタイプはこれからバンバン月200万は稼げるよー」

と言われ、まず初めに登録料50万円が必要だと言われたが、
『200万-50万=150万なので得だ!』と思い50万を支払ったところで
反社っぽい怖い人が出て来て、免許証と一緒に写真を撮られたのだという。

「毎月、更新料が10万かかるから、逃げるなよ!」
と言われたが、出張ホストの仕事は一件の来ないのに、
更新料10万を振り込めという電話が朝から晩までしつこく来たのだという。

まっすぐで純粋で人を疑うことを知らない守先輩なら、そんなこともあり得るか・・・と皆ため息をついた。

守先輩は自分の5つ年上だが、小学4年生の時に中学3年生の守先輩とその友人に話しかけられたのが初めての出会いだった。

10歳の幼子にとって15歳のいかつい守先輩はとても怖く見えて、
『あぁジャンプさせられて金を取られるのだ』と絶望していると

「なぁ、あのさぁ地球っち、丸いんであろう?なんで海の水がこぼれないんちゃろうなぁ?」

あまりにも唐突な質問に幼子だからと、からかわれているのだと思ったが、

「バケツの水をグルグル回しても水がこぼれないのと同じで引力っちのがあるですよ」

と小学4年生でも知っている知識を5歳年上の守先輩に伝えたのだが、

「いや、バケツは水を入れていられる囲いがあるよな?地球は丸いから水を入れておく囲いが無いであろう?水がこぼれようって!」
と15歳の守先輩が10歳の幼子に真顔で食い下がって来たのだ。

「こいつアホであろ?こいつ今日ずーっと地球から水がこぼれん理由を考えて続けてるんよ」
守先輩と一緒にいた友人はゲラゲラ笑っていたが、自分は守先輩って凄いなと率直に思った。

自分はバケツの水の引力の話で分かった気になっていたが、突き詰めていなかった。だから守先輩の質問に納得させてあげられる明快な答えを示せないのだ。

守先輩は自分の同世代の間でとても慕われるのだと後から知った。
守先輩は三好商店ポニーズに所属しており、繋がりのある奴も大勢いた。

選手としては、当たればとても中学生の打球とは思えないパワーヒッターなのだが、来た球を全球振ってしまうので三振だらけ、当たればホームランという異常なスラッガーだったとのことだ。

また腕っぷしが強く他地域と揉めても地元の後輩を守ってくれる。
特に団栗地区の後輩は自分がボコボコにされても絶対に守ってくれるというのだ。

高校受験で県下ナンバーワンの公立高校である”一高"を受験したのだと聞いた。

教師も親も友人も皆が止めたというが、守先輩はナンバーワンしか眼中にないのだと頑として譲らなかったのだという。

そして受験に敗れた守先輩は都会の建設会社に就職することになったのだ。

「守さんは模擬試験5教科合計500点満点で32点だったのに、
『偏差値が38もあった』と喜んでた奴だぞ!どうやって偏差値72の一高に受かるのだ!しかも他は興味なしと滑り止め一切なしの一発勝負ぞ!」

と守先輩の同級生や後輩もよくネタにしているが、皆、守先輩が好きで堪らないのだ。

自分はああいう人も一つの天才なのだと思っている。我々の常識の外で生きながら、誰にでも愛されるというのはもの凄いことなのではないかと考えさせられる。

皆、守先輩を慰めながら
「守先輩をつける奴なんち、俺ら全員で叩き出しちゃあります!」

「絶対に団栗地区に入れさせまいので安心しちょって下さい!」

「俺ら全員が守先輩の味方すから!」

と団栗集会所に集まった面々が皆口々に言うと、守先輩は

「本当?」

と、うっすら涙を浮かべるのだった。

純粋過ぎる守先輩は形は違えど自分と同じく都会に傷付き、
この団栗地区に帰って来たのだろうなと思った。


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