
どんぐり農家を続けるべきか・・・#15 新年会に行こう!
どんぐり農家を続けるべきか・・・。
本当に面倒臭いイベントが今年もやって来た。
椎山大新年会の時期がやって来たのだ。
都会の勤め人様などは会社で一年のスタートの飲み会をやるようなところもある。
自分は都会で暮らした時、地域の人とはあまり関わらなかったので、もしかしたら都会でも町長様や自治会長様を詣でて、崇め奉り、媚び諂うような『新年会』があるのかも知れない。
『椎山大新年会』は、まさに山主様を崇め奉り、媚び諂い、ご機嫌を伺う年始の一大イベントだ。
このイベントはこの地域を樫椎家が統治した戦国時代以来の行事で、
山村全員が地区ごとに山主様を詣でるのだ。
この山の超エリート層であるどんぐり農家の椎山地区と団栗地区に属する我々は山主様のお屋敷の軒先でお目通り頂け、直接、お言葉を頂ける立場なのだ。
因みに、大和田地区や川俣地区といった田畑畜産農家は米や野菜を奉納する者だけがお目通り頂ける。
九頭地区どもや辺泥地区の山菜農家は門を入ってすぐの山主様が小さく見える場所で平伏して控え、地区長だけが山菜を奉納する。
忍沢地区や蛇平地区、その他の山民に至っては門の外で平伏して待たねばならない。
1時間に一度ぐらい山主様に媚び媚びの元樫椎家家臣の末裔どもで戦国の世が終わり、どんぐり農家にジョブチェンジした椎山地区のどんぐり農家どもが門の外に出て来ると
奉納する小魚、川海老やタニシを偉そうに預かり、
「山主様もさぞ喜ばれるであろう!」
とだけ言われ帰されるのだ。

今の時代を考えると特異に見えるが、これが数百年続く山の伝統であり、この山の民は山で生きていく以上は従うしかない伝統なのだ。
だから我々も嫌々でも1月末日に熟年、中年、青年と世代別に地区で揃って椎山へ詣でるのだ。
嫁っ子たち女衆や滉、博文、長太郎などのあまり寄合に来ない連中も、この日ばかりは全員集合する。
失礼が無ければスーツなど普通の服でも良いが、今の山主はコスプレの様な物の方が喜ぶ傾向にある。
今年は皆、比較的落ち着いた格好で集まってきた。
自分も都会で働いていた頃にあつらえた、一張羅の紺色のスーツを着た。
もう袖も肘も膝もテカテカになってしまったスーツだが、山の生活では買い替えるほど着ることもない。
熟年グループが自分を見つけると
「都会者が来とるぞ!し、塩を持ってこい!」
と怒り喚き散らす年寄りもいれば、
「スーツを着とる方がおるぞ!」
と言って拝む年寄りもいて、人それぞれだなぁと思う。
一昨年息子の誠君がピカチュウの被り物をしていったおかげで、山主に
「幼子ではできまい、お前がやってみろ!」
と言われて10分近く何度も、何度も。
「ピッカチュー、ピッカピカー、ピカーーー」
と言わされ続け、
「グハハー!ゲハハハハハッ!」
と下品に笑い続ける山主様の前で苦悶の表情を浮かべていた男前の順也は
子供に一切キャラクターものを着せなくなっていた。
昨年は調子乗りの太郎とアホの幸三が『カツオと中島』のコスプレをしていき、何がそんなに良かったのか分からないが、中島役の幸三が
「イッソノー」
と名を呼ぶだけで、何度でも
山主様は畳に這いつくばりそうな勢いで、
「ヒィィーッヒィッ、ギヒヒヒヒッシヌーッ」
と不細工な顔で笑い、へたり込んで何度でも転げまわるのだ。
いつも高圧的で牛みたいな鼻ピアスの半ケツ出し男がのたうち笑う姿に
『いつも偉そうにしてるくせに、何と低俗なのだ』とイライラが止まらなかった。

集合時間ギリギリになって幸三が最近テレビなどでも見かける全身恐竜の被り物を着てバタバタと走って来た。
椎山に着くまでの道中、話題の中心はやはり幸三で
「幸三はアホのうー」
とみんなゲラゲラ笑い、小突き、幸三も皆が笑うものだから道中ずっと調子に乗って、吠えたり、暴れたり、走り回ったりして、地区の子供たちも幸三を囲いキャーキャー喜んでいた。
幸三はよほど昨年山主様にウケた成功体験が嬉しかったのか、
「今年はのう!山主様を頭から食っちやるぞおおおおおお」
とはしゃいでいた。
椎山城の立派な桝形門をくぐり、お庭を進み山主様にお目通りするところまで歩き、整列して新年のご挨拶の為、一同平伏した。
山主様が偉そうに「苦しゅうない!面を上げよ!」と言い放ち、
顔を上げた瞬間、幸三が立ち上がり
「グァオォォォー、食ってやるー!」と吠えた。
今年の山主様はそんな幸三を一瞥すると
「下がれ!つまらん!」
と僅か数秒で扇子で追い返すように扇いでしまった。
自分達もいきなり冷や水を浴びせられ、テンションが下がってしまい、
幸三の恐竜の何が面白かったのだ・・・?という空気に変わり、
そそくさと山主様の御前を離れた。
門を出た所で運悪く九頭地区の連中らとばったり会い、九頭の大介が
「そこまでして媚びたいのかぁー団栗は、惨めよのう」
とすれ違いざまに笑われて、
たちまち噂が回ったのか椎山衆、辺泥衆らにも、
「あれが山主様がキレた奴よ!見るな!見るな!アホがうつるわい」
と冷たく見下され、失笑を買ってしまった。
帰り道、幸三は恐竜の中で
「ふおおおおぉぉぉぉぉ」
と悔し涙を流し、何度も鳴き声を上げていたが、
いつもなら可愛い弟の悲痛な叫びに、たまらず抱きすくめるような兄の幸次ですら、幸三から一番離れた所を下を向いて歩いていたし、
我々も他地区の奴らとすれ違う時、顔を上げられなかった。
幸三が歩くたびにガサガサ音がするのも、帰りの道中ずっと腹立たしい気持ちにさせられた。

そんな空気に耐え切れず地区長代理の実良が
「幸三!いつまで、そんなものを着ちょる!とっとと脱げ!」
忌々しそうに言った。
幸三は泣きながら道端でバッサバッサと音を立てて着ぐるみを脱いだが、
上半身裸で黄色いパンツ一丁に裸足といういで立ちで、腹に黒マジックで雑に『骨付き肉』の絵が描かれていた。

実良がほとほと忌々しそうに
「なんで下に服を着とらなん!それに何じゃ!その肉は!」
と言うと
「腹の中に恐竜の食べた肉があったら、なおウケるっち思った・・・」
と幸三が項垂れてしゃくりあげながら答えると、
「ウケるかそんなもん!そんなんより裸はまずかろう!他地区に何を言われるか分からん!着れ!幸三!もう一回恐竜を!」
と実良に叱られた幸三は、
「もう着ちょうない!恐竜なぞ着ろうものかあああ!」
と叫ぶと、黄色いブーメランパンツ姿のまま泣きながら、裸足でペタペタペタペタ駆けて行ってしまった。
幸三を追いかける者はなく、子供たちまで下を向いて無言で歩いて帰宅した。
今年は悲しく忌々しい椎山大新年会になってしまった。