どんぐり農家を続けるべきか・・・#5
どんぐり農家を続けるべきか・・・都会から逃げ帰り、山奥の村に籠もり、20年毎日毎日ずっとアーバンライフに戻るべきか悩んでいる。
どんぐり農家と村の生活に慣れきってしまって辛い。なまじアーバンライフなど知らねばこんなにも都会と村を比べなくて済んだのだが・・・
ただ都会に住んで良かったこともある。
寄合の後の飲みの席では毎回毎回都会の話をしてくれと頼まれるのだ。村の皆の妬み、嫉み、そして羨望の眼差しを一身に受けるのは悪い気がしない。
「お前の町は山を降りた町よりどのくらい栄えていたのか?」
「お前の町は山の向こうの大和田や川俣と比べたらどのくらい栄えていたのか?」
勿論、竜也の様に大枚をはたいて東京に旅行に行ったことのあるヤツもいるが、どんぐり農家の収入ではそうそう行けるヤツもいない。
東京に行っても駆け足のパックツアーで皆がテレビで観たことがある都庁や東京タワーやスカイツリーをぐるりと回って帰ってくるようなせわしない旅行だ。
「東京タワーが高かった」
「上の方まで見えないぐらい高いビルが一杯あった」
「人と車が一杯いた」
程度の竜也の話よりも、東京ほど凄くなくても
もっと生活に密着した自分の都会話の方が人気があるのだ。
皆が一番喜ぶのが
「都会ではスーパー三好商店なんて通用しねえ。あんなのよりずっと立派で品ぞろえが凄いスーパーマーケットがゴロゴロしている」
という話しだ。
村のライフラインである山を降りた町のスーパーマーケット三好商店には皆が苦々しい感情を持っている。現オーナーの富彦は周りに商店がないどんぐり農家の足元を見て、嫌なら買うな、鬱陶しいという態度なのだ。
確かにしつこく値切るどんぐり農家側も悪い。どんぐり農家は収入面で厳しい者が多く、食べたい弁当を昼から閉店間際の値引きまで見守るヤツもいる。値引きのシールが貼られてから更に値切ろうとするヤツもいる。
「鮭に艶がなかろう!40円引けや!」
「切り干し大根とからあげを1個抜いて良いから100円値引きしてくれ!」
「パックの端が潰れとる!誰かが指で押し潰した弁当だろうが!」
「テレビで野菜を先に喰えと言ってたが野菜が入ってなかろうが!値引きしろ!」
「今度200円高くのり弁を買うから、今日は200円値引きしてくれ!」
富彦がこんなのを一日何度も相手するのが面倒なのは解る。
しかし富彦のあの見下すような憎たらしい顔や、『どんぐり農家お断り』の張り紙や、狙っていた弁当を値引き時間直前に目の前でこれ見よがしに富彦に食べられてしまったり、店から追い出されて塩を撒かれたりした経験が、皆どうしても『安く見られた!』と我慢ならないのだ。
坂の上の弟の方の幸三などは朝から、から揚げ弁当を睨みつけていると
「弁当をやるから店から出て洗車しろ」
と言われ、富彦と富彦の嫁良美の車を2台洗車をさせられ、
三好商店の窓という窓をマイクロファイバークロスで拭かされ、
草むしりもさせられた。
しかし洗車や掃除が終わった日暮れ頃には弁当が売り切れ、
「これで良かろう!」
と代わりに廃棄処分のカッチカチになったおはぎを渡され帰されたのだ。
幸三は村の皆におはぎを触らせると何度も水垢が残っていると洗車をやり直しさせられたこと、セーム皮が擦り切れるほど水滴一つ残さず吹き上げさせられたこと、マイクロファイバークロスで指紋や油が無くなるまで窓を拭かされたことを一つ一つ説明すると
「それの報酬がこのカッチカチおはぎぞ!」
と甲高い悲痛な声を上げた。
「どんぐり農家を馬鹿にしとるのだ!」
と皆の前でカッチカチのおはぎを三好商店の方向に投げ、
一晩中声を上げて悔し涙を流していた。
皆少なからず同じような経験があるからこそ都会のスーパーマーケットと比べればスーパー三好商店など大したことないという話を聞くと喜ぶ。
何度も何度も同じ話を聞いても20年間ずっと喜ぶのだ。
「スーパー三好商店と比べてどれほど立派な建物なのか?」
「三好商店の倍ぐらい人が来るのか?」
「三好商店より駐車スペースは広いのか?」
「三好商店に無いどんな弁当があるのか?」
「都会のスーパーの店長は富彦より良い車に乗っているのか?」
質問責めにあい、何度も同じように答えても答える度に皆が溜飲を下げ、
「三好商店も大したことないのう!」
「富彦なんかじゃ都会のセンスを持つ店長にはかなわんわい!」
と笑い、喝采が起こるのだ。
この時ばかりは退屈な山奥の生活でも、スターになったような気持ちになり田舎暮らしも悪くないと思うのだ。