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どんぐり農家を続けるべきか・・・#19 酒と泪と男と女
どんぐり農家を続けるべきか・・・。
年に一度山の各地区の議題を話し合い方針を決める『地区評議会』が仔馬宿公民館で開催される。
その打ち合わせと称した寄合は今年の地区評議会で『団栗地区に戻ること承認される』主役の守先輩は飲みが始まって5分で酔いつぶれた。
そして飲みの場を取り仕切る守先輩の親友の滉さんが小走りで帰宅してお開きとなった。(#18)
帰ろう帰ろう・・・
「行こうや。もう一軒行こう。もう一軒行こうやー!」
集会所を出た所で順也が右腕にしがみついて来た。
「行かんち!どこに行く気なんじゃ!大体もう夜8時ぞ!こんな深夜にどこで飲む気っち!」
ウザめんどっちー・・・忘れとった。
絶対に順也に捕まってはいけなかった。
順也は男前で良い奴だが、酔っぱらうとまるでダメ男だ。
周りを見ると皆、絶対にこちらを見ずに足早に帰って行く。
「仔馬宿行けばいくらでも店はあるっち!無ければ蛇平行けば闇飲み屋も知っちょる!タクシーで町に出たらもっと開いちょる!」
考えられん!ウザめんどっちー!
「酔っ払いが山降りるのに1時間以上かかるんぞ!行かれるか!」
順也を𠮟りつけてやった瞬間、順也の姿が視界から消えた。
「どうか!どうか!一生のお願いっち!どうか!」
コメツキバッタの様に地面に這いつくばり、額を地面に擦り付けていた。
もうこの技を繰り出されてしまったら無理だ。
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大の大人が平伏しているのだ。
しかも、ここで拒むとどうなるのか自分は知っている。
順也は千鳥足で地区一軒、一軒、家を周り、誘った相手が飲みに付き合ってくれない酷い男だから、代わりに飲みに付き合ってくれと言って回るのだ。
順也は何を言っても、もう話が通じないので拒んだ相手に非難が行く。
男衆だけならまだいいが、その嫁さんや子供の怒りまで買う。
結果、色々な奴が家に押しかけて来て、
「なぜ順也を拒むのだ!お前が一緒に飲みに行ってやれ!」
怒鳴られるという不条理さだ。
順也に平伏されたら、もう従うしかないのだ。
面倒臭い!面倒臭い!面倒臭い!
その時、地蔵を過ぎた辺りで目の前に自宅に向かう竜也が見えた。
(俺一人がこんな目に遭うのは、いくらなんでも可哀想過ぎるっち!)
順也を引っ張り走ると酔っぱらった勢いで、飛び付き式ネックブリーカーの様に竜也の背後からガッチリ首を抱えて
「おーい!帰る気か!つまらん男よのう、お前は!昔から本当につまらん!
だから皆に陰で山一番のアホじゃ言われてるっちぞ!コラ飲みに行くぞ!」
もう一方の拳で竜也の頭をグリグリしてやった後、
「シェイク!シェイク!ブギーな胸騒ぎ〜!ベリ ベリ 最高〜ヒッピ ハッピ シェ〜イク!」
3リピート分喚きながら首を抱え込んで、激しく頭を30回程シェイクしてやったが、顔をよく見ると『同学年で自己中の竜也』ではなく、『3こ上の保さん』だった。
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保さんはとても静かだが、確実に怒りを噛みしめた感じの口調で
「山一番のアホと言ってるのは誰っち・・・詳しく聞かせて貰おう。」
慌てて保さんの首に回した腕を離したばかりの自分の首を、逆に保さんが
腕でガッチリとロックした。
「ちっ、違うっち・・・お、俺らの間で、流行ってた、い、言い回しっち、
た、た、竜也のアホに・・・見えて・・・・ま、間違って・・・」
保さんの腕が気道も頸動脈もほど良い感じに絞めていて上手く喋れない。
「アホに見えただと?付き合ってやるっち!詳しく聞かしてもらおうぞ!」
保さんの声は冷静だが、呼吸が怒りの呼吸なのが兎に角怖い。
「保さーん嬉しなぁ!保さんも来てくれて嬉しなぁ!」
のんきな順也は集会所から持ち出してきたどんぐり酒の一升瓶をストレートで飲みながら保さんの肩を組み真っ暗な山道を降りて行った。
「順也!美豚しか開いとらんぞ!どうする?帰るか?帰ろう!」
もう帰りたい一心で言ったが、順也はアスファルトの上に座りこむと
一升瓶を置き、ポケットの中の小銭を一枚一枚全て地面に並べると、
「財布がない!財布がないっち!落とした!」
自分に訴える様に喚いていたが、守さんは冷たく順也を見下ろすと
「ケツのポケットに財布入っちょる!行くぞ!話を聞かせろ!この間も地区の皆と碧ちゃんと美豚を貸し切りで飲んだばかりじゃ。美豚でいい!」
自分の首をロックしたまま保さんは美豚に歩き始めた。
なんだと・・・?碧さんと皆で飲んだだと?
「おいコラ!保!呼ばれちょらんぞっ!おいっ!いつっち!なぜ呼ばれん!
また俺を村八分にしたんかー!答えろ保っ!」
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気が付くと涙が頬を伝い、保さんのネックロックを外して保さんの胸倉を掴んでいたが、保さんもすかさず自分の胸倉を掴み返して、
「誰が俺を山一番のアホと言ったっちかーっ!」
保さんも涙を流しながら、感情に露わにして叫び揉みあう内に
美豚の下品なピンク色の看板のライトが消えた。
順也はまだ地面に一升瓶を置き、小銭を並べたまま
「財布がないっち・・・財布を落としたっち・・・」
こちらに訴えかける様に喚いていた。