どんぐり農家を続けるべきか・・・#3
どんぐり農家を続けるべきか・・・都会で挫折し山に戻ったものの、20年毎日毎日ずっと考えている。
どうしても都会での挫折を考えるとどんぐり農家を辞める勇気が湧かない。
このままでは永遠にこの山奥を出て都会の複線が通る駅前のマンションの最上階から商店のネオンや学校などの夜景を見下ろす日は来そうもない。
自分は生粋の先送り人間なのだ。
山を降りた町の少年野球チーム『三好商店ポニーズ』は小学校五年生の時に踏み台昇降を3時間させられて逃げ出してから大嫌いになったが、その1年後ぐらいに再び入団する可能性が浮上した。
オーナーの息子の富彦が「5年生の時に逃げたことを謝罪するなら入団を許可してやっても良い」と言っているらしく三好商店ポニーズに入団していた井戸上の順也が自分に声をかけてきたのだ。
山を降りたところの町もバス停こそあれど所詮は山奥の町で少年の数は限られている。野球の試合を行うのに最低限必要な9人が集まらないらしくあちこちに声をかけていたのだ。
人が足りないのになんで1つ年下の富彦に頭を下げてまでポニーズに入れて貰わなければならないのかとも思ったが、順也が言うには弁当も毎回出るし、運が良ければお食事処よし美でかつ丼やカレーうどんもただで食べられると言うのだ。
これは食べ盛りでありながら大してうまくもないどんぐり料理ばかり毎日食べている小学6年生のどんぐり農家の家の子供にとっては非常に魅力的なオファーだった。
さらに順也は山の向こうの町の少年野球チーム『川俣アケビーズ』にアンダースローの女子投手がいて、もの凄く可愛いのだという情報まで持って勧誘してきたのだ。富彦に頭を下げるのは癪だが心がグラグラと揺れ始めた。
しかし順也が帰った後夕方になって、坂の上の幸次と弟の幸三兄弟が顔を真っ赤にしてやって来た。
兄の幸次は「なんで富彦に頭を下げてまでポニーズに入らんとならん!」と癇癪を起していた。
「ポニーズに入団させて飼い殺しにして踏み台昇降させる気ぞ!」と喚き散らすと、弟の幸三まで「俺たちが謝るのを見て笑い者にしたくて誘ってきたのだ!」と兄にも劣らぬ被害妄想でうちのボロ家の戸をバンバンと叩いてはポロポロ悔し涙まで流し始めた。
そして幸三は「どんぐり農家だからと見下されるのが悔しいのだ!」とオイオイと嗚咽の声まで上げた。
「お前も入らんよな!」と幸次の圧に「おう・・・」と答えはしたが順也には前向きに考えると言ってしまったし困ったことになった。
「富彦に頭を下げてポニーズに入るべきか、拒むべきか」「順也の誘いに乗るべきか、幸次、幸三兄弟と行動を共にするべきか」どうしたものか考えているうちに時が過ぎ、暫くして順也が「スマンかった!誘っておいて気を悪くしないでくれ、幸三が入団したいと言ってなんとか人が集まった!」と伝えに来た。
あんなに涙を流し悔しがっていた幸三が富彦に頭を下げたのかと聞くと、富彦にお食事処よし美に誘われ、かつ丼やらカレーうどんやらエビフライやらを歩いて帰れなくなるほどたらふく食わされて、今ではすっかり富彦の第一の手下になって富彦の気に入らない選手にランニングさせたり、腕立てさせたりしているとのことだった。
兄の幸次が顔を真っ赤にしてうちに来て「幸三はこの村でも群を抜いたバカだ!こちらの情報が全て富彦に筒抜けになる!」と癇癪を起していたが、自分はもう先送りしているうちにかつ丼やカレーうどんをたらふく食べる権利もアンダースローの女子投手と試合をする権利も失っており、どうでも良い話だった。
このように幼いころから先送りしては機会を失ってきた自分だから、いまだにどんぐり農家などやっているのだと思う。