見出し画像

どんぐり農家を続けるべきか・・・#7 おにぎりが食べたいんだな

どんぐり農家を続けるべきか・・・この辺境の地でウバメガシのアクが強く青臭いどんぐりを拾うことを生業とすることは定められた運命なのだろうか? 
 
そんなことばかり言っているせいか 
「お前はどんぐり農家の誇りはないのか!」と寄合で皆に詰められた。
 
「そんな気持ちで拾うからお前のどんぐりは不味いのだ!」

川辺の調子乗りの太郎と坂の上の幸次と幸三の3人に肩をドンッドンッと押されて、壁際に追い詰められてしまうと、幸三がチンピラのように顎を突き出し、

「ビビっとんのかぁ!おぁっ?」

甲高い声を上げ顔を近づけてきた。
 
あまりにも腹が立ち、ついこちらも大声で怒鳴ってしまった。 

「なんじゃぁ!そんなにどんぐりが美味けりゃば、三好商店の弁当なぞ買わず、毎日毎日どんぐりばっかり食えば良かろうが!」
 
怒鳴り声に驚いた幸三が「ひぃっ!」と声を上げ、鉄棒から落ちたように尻もちをつき腰を抜かすと、幸次は慌てふためき、何度も何度も幸三の名を呼び、まるで瀕死の人間を介助でもする様に、肩を抱き、体をゆすり、頬を撫でていたが、
 
太郎は顔がみるみる真っ赤を通り越しどす黒くどんぐりみたいな色になると

「俺は三好商店など行かんし、弁当も買ってやらん!男の意地じゃぁっ!」

と絶叫するとドスッと壁を殴り、部屋がシーンと静まり返った。
 
あれは何年前だったろうか三好商店オーナーの富彦が日曜日に公民館に来た全員におにぎりを無料で配ると回覧板が回ってきたことがあった。
 
幸次は「これは罠じゃ!毒にぎりかも知れんぞ!」と村内をふれ回り、
弟の幸三は「意地でも三好商店のおにぎりは食わんぞ!」と喚いていた。
 
「そんなもの貰ってしもったら富彦の軍門に下ったみたいで癪じゃ!」
 
「おにぎりで釣られて山の下まで来ると思うとるのが腹立つのー!」
 
皆、口々に怒りに満ちた言葉を口にして地団駄を踏んで悔しがっていたが、当日になってみると地団駄を踏んだ全員が、早朝から三好商店の富彦に指定された『仔馬宿公民館』入り口の前に並び開場を待っていた。

富彦は山全域の回覧板にチラシを挟んだのか周りの川俣、大和田、渋谷、九頭、辺泥からも人が押し寄せて来ていた。
 
調子乗りの太郎が仲の悪い隣の九頭地区の連中に

「おにぎり欲しさにノコノコ来たんか!卑しいのう!」
と見下すと、

「お前らも全員来とろうが!」
と小競り合いが起こったが、おにぎりの配布が始まると皆おとなしくなった。

幸三だけはいつまでもキョロキョロと本当に毒が入っていないか周りを伺っていたが、皆がおにぎりを食べ始め静かになったタイミングで会場に派手な音楽が流れ、ステージのスクリーンにジャーンという安い音と共にズームアップで『三好商店』と表示されると、スーツ姿の富彦が颯爽と登場した。
 
「オメーのディナーショーなんか見たくねーぞー」と誰かが野次ると富彦の表情が一瞬険しくなったが、また大物ぶった笑顔を作りステージの中央に立つと、
 
「えー今日は集まってもらった三好ユーザーの皆様にこれまで無かった次世代の革新的なシステムをご案内しましょう!」
 
富彦が大きな身振り手振りで説明を始めると、スクリーンにパワーポイントで作られた懇親会のご案内程度のしょぼい『ミヨシポイント』の資料が映し出された。
 
会場に集まった者たちは、今一つ理解が及ばないのか、興味がないのか
 
「あんなにどでかいテレビは初めて見たぞ!」
 
「俺のおにぎりは具が入ってなかったが、お前も塩にぎりだったか?」
 
「富彦のツラ見てると引っ叩いてやりたくなるな!」
 
とざわめいていたが、富彦が余裕ぶって
 
「皆様お静かに!最後にお土産でもう一つおにぎりを配りますよ!」

と言うと静かになるどころか公民館に割れんばかりの歓声が上がった。
しかし、これをきっかけに皆が富彦の話に耳を傾けるようになった。
 
「つまり三好商店だけではなく三好グループ全店で1000円辺り1円分のポイントが無料で貰え、例えばこの革新的なミヨシポイントを200ポイント溜めれば大人気の三好商店おにぎりがポイントを使い、ただになるのです!」
 
会場がざわつき「ただで貰える?」「おにぎりがただになるのか?」「どういうことだ?」とひそひそと話す声があちこちから聞こえてきた。
 
そもそも近くに店もないのでポイントで客を囲い込む必要もないし、おにぎり100個以上配ってまでやることが疑問だったが2つのことを思い出した。   
 
まず富彦一家が東京ディズニーランドに旅行に行った時に知ったようだったが、「東京のコンビニでは100円分買い物すると1円分のポイントが貰えるのだぞ!」と知識をひけらかし、こちらを馬鹿にしたような顔で得意げに語られたことがあった。
 
そして、別の日、富彦は店番をしながらApple創業者の一人のスティーブ・ジョブズの本を読みながら何度も何度も大きく頷いていたこともあった。
 
この2つの記憶が繋がって、このイベントが何なのか分かってしまった。
 
格好つけたがりで、名刺の肩書を『三好グループ代表取締役 兼 CEO』としている富彦が、今更ストアポイントの仕組みを知って、スティーブ・ジョブズスタイルのプレゼンを見せつけたくてやっているのだと気付いてしまうと、無性にイライラしてきた。

その時、自分のイライラが伝播したわけではないだろうが、
あくびをしていた太郎が野次を飛ばした。

「何でもいいから、おにぎり寄こせや!豆タンク!」
 
これには会場からドッと笑いが起こり、
 
「話が長げーぞ!おにぎり配れ!」
 
「ポイントいらねーから毎回おにぎり寄こせ!」 

「塩にぎりじゃなくて鮭のおにぎり配れや!」
と次々に野次が飛び始め、会場は収拾がつかないほど騒がしくなってしまった。
 
得意満面でスティーブ・ジョブズの立ち振る舞いだけをコピーしたプレゼンを見せていた富彦の顔がみるみる赤くなりステージを駆け降りると
「このどんぐり野郎っ!」と太郎に掴みかかった。
 
慌てて周りの者が富彦と太郎を引き離したが、皆に羽交い絞めにされ押さえられた富彦はひっくり返った亀の様に手足をバタバタさせると、上ずる声で

「コヤツをつまみ出せぇっ!永久に出入り禁止じゃ!し、塩持ってこい!」
 
と叫ぶと、血圧が上がってしまったのかフーッフーッと肩で息をしていた。
 
いざ三好商店を使えないとなると買い物に行くのに峠を越えなければなくなってしまうので、慌てて順也が間に割って入り

「太郎が悪いぞ富彦に謝れ!富彦も許せ、こいつは調子乗りで悪気はないんじゃ!」

と双方をなだめたが、太郎もすっかり頭に血が上っており
 
「俺は何年も使ってやっとる客ぞ!お客様にその態度はなんぞ!謝るのは富彦の方じゃろ!」

とやってしまったので、順也の仲介も不発に終わることとなってしまった。
 
太郎はあの日からずっと三好商店に足を踏み入れていないのだ。
 
「ミヨシポイントがもうすぐ250ポイントじゃ!富彦の奴もお得なことを考えたものよなぁ!」
と幸三が得意げにはしゃぐ度に太郎がワナワナと震えていたことをすっかり忘れていた。
 
自分の迂闊な発言でまた村内がギクシャクしてしまったが、この辺境の地ではこれが平常と言えば平常なのでやむを得まい。


いいなと思ったら応援しよう!