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どんぐり農家を続けるべきか・・・#8 辞める辞める詐欺
どんぐり農家を続けるべきか・・・
「どうせ辞める気無いのじゃろうが?お?」
山主の樫椎(カシイ)様の館に呼び出されて正座させられ、小枝で頭を30回ぐらい小突かれてしまった。
今時、いい歳をして正座させられて、頭を小突かれることなど、知らない人からしたら『パワハラ』と驚かれるかも知れないが、山主と民の間ではこれが伝統であり、「ツイてねーな・・・」程度のイベントなのだ。
「お前がいつもどんぐり農家を辞める辞める言って辞めないのだと闇リス(密告者)から聞いとるわい」
と言われてしまっては隠しようもない。
「誰が闇リスでしょうか?」
と聞いても樫椎様は凍りつく様な冷たい瞳でこちらを見下ろしながら押し黙り、黙れとばかりに小枝で頭を小突いてきた。
調子に乗って太郎がペラペラ喋ったのか?
幸次が『村抜け』するのではと大袈裟に受け取って喋ったのか?
実良が樫椎様に気に入られ、えこひいきされようと密告したのか?
クッソー!クッソー!クソ&クッソー!
と奥歯をギリギリ噛みしめていると、
「考えるな!闇リス暴きは許されんぞ!」
と叱られて、小枝で額をピシャリと叩かれた。
山主の樫椎様はどんぐり農家ばかりか山菜農家、小魚漁師や猟師までこの土地の地区全てを束ねるお方で、山で生きるなら従わねばならないお方だ。
農協様にも相手にされないこの地域で共済制度を管理し、政治家への陳情、地域間の喧嘩、夫婦喧嘩、痴話喧嘩の仲裁、金貸し、貯金、投資、腹が痛い時など何でも相談出来る。
どんぐり農家を見下す三好商店の富彦も樫椎様がいるから、我々を無碍には扱えないのだ。
もし金が無くなり、食べ物も無くなり腹が減ってどうにも堪らない時などは樫椎様を頼れば良い。
信じられないほど不味いが、山伝統の保存食である『酸っぱい豆』や『酸っぱいどんぐり煮』、『酸っぱい小魚』や『酸っぱい何かの肉』にはありつける。
樫椎様には毎月地域全員一律一万円の世話代という名の共済費と、どんぐり農家の場合は収穫期には1000個のどんぐりを納めねばならない。
勿論、そのどんぐりが誰かが飢えて困った時に与えて貰える保存食の"酸っぱいどんぐり煮”になるのだが・・・
しかし、この地域はただでも厳しい経済状況だ。
本当は誰もぺこぺこしながら金など払いたくはないだろう。
しかし樫椎家は戦国の時代から実に21代にも渡り連綿と続くこの山の領主の家であり我々は先祖代々の御恩がある。
だから、こんな牛みたいな鼻ピアスをして、車の下が青く光っている『トヨタVOXY煌(きらめき)エディション』にレクサスのエンブレムを付け、
『ココロエグル』とかいう安直に全員ゾンビメイクしてゾンビの動きをする地下アイドルの曲をズンズン流している様な若造であっても、ただただ平伏するしかないのだ。
数年前も共済費を月一万円も払っているので台風で屋根の一部が飛んだ時に元に戻すのに十万円必要と見積もりが出たので、共済給付をお願いしたことがある。
しかし樫椎様は陳情書を読み上げる間、何度も何度も何度も何度も最終的に16回舌打ちした。
「いく日か待っとれ!」と忌々しそうに吐き捨てると
3日後に10万円ではなく、自慢の『VOXY煌エディション』で錆たトタンを運んで来て、ベッコンベッコン音をさせながらウチの前に降ろし
「これで何とかなろう!」
と言って帰ってしまった。
それでも山で平穏に生きるには愛想笑いを浮かべ、何度も何度も深々と頭を下げ
『あーこれで何とかなりそうだー!助かったなー!』っぽいリアクションをするしかないのだ。
プライドが異常に高い者が多い土地柄で地区内外の小競り合いが絶えず、土地も人も貧しいこの辺境の地では絶対的な権力で争い事を解決できる樫椎様の力を借りねば生きてはいけないのだから・・・
それでもこの土地でどんぐり農家を続けていくべきだろうか・・・