宝塚観劇のススメ
「一度宝塚観てみたいんです。どんな作品がおすすめですか?」
わたしはそこそこ長年の宝塚ファンだ。(わたしより先輩は山ほどいるのでまだまだ最近の部類)
宝塚ファンを公言していると良く聞かれる。
これにはいろいろな答えがあるだろう。原作付きなら入っていきやすいかもしれないし、宝塚らしいショーとの二本立てを観てほしいとも思うし、エリザベートやベルばらといった「これぞ」な作品がやはり王道かとも思うし。好みをヒアリングしておすすめを挙げたりDVDを貸したり、チケットを手配したりする。宝塚ファンは全人類に宝塚を観てほしいのでサービス精神旺盛である。
わたしも聞かれたら直近のおすすめ作品を紹介しながらも(近い公演はだいたい頭に入っている)、最近はこう説明している。
「宝塚は、完成された作品を観に行くんじゃないんです」
宝塚の舞台のレベルは高い。歌も踊りもお芝居もどこに出しても恥ずかしくないし、それに加えて全員が容姿端麗。誰一人として美しくない人がいない。コミックリリーフ的な役であっても美しい。特徴的なあのメイクも、二階席の一番後ろまでその美しさが飛んでくるためには必要だと、観ればわかってくる。お衣裳の豪華さは外部の舞台の比ではなく、尋常でなくお金がかかっていることが一目でわかる。ビジュアル的な完成度は日本どころか海外に出してもトップクラスだと思う。
それでも、何年か宝塚を観ていると思うのだ。
宝塚の舞台は永遠に完成することはない。
常に未完成の、その過程を見るものなのだと。
「お金をとってお客様に見せるのに未完成?」とお思いになるだろうか。
正確に言うと、初めて何も知らない状態で観た方には間違いなく完成された舞台に見えると思う。下手な人がいるとか、脚本が未完だとか、演出がバタバタしているとかいう未完成さは全くない(脚本や演出に文句があることはあるが、これは好みの問題もある)。
「キラキラしてて素敵だった〜」と満足してもらえると思う。でもちょっと待ってほしい。
一度観たなら、お願いだからその作品に出ていた一人でもいい、タカラジェンヌについて少し調べてみてほしい。
面倒なら近くの宝塚ファンに聞いてほしい。すぐにエピソードのひとつやふたつ披露できる。トップスターやトップ娘役のようなメインキャストなら、入団動機や特技、これまでどのような歩みだったのか、何も見ずに1時間は語れる。トップコンビがどういう経緯で組むことになったのか、トップと二番手の学年と抜擢のバランスなどいくらでも話は尽きない。
宝塚は一つのチームだ。
全員にドラマがあり、人間関係があり、それがファンに共有されている。
それこそが宝塚の楽しさである。
宝塚には専門誌があり、専門チャンネルがある。演目についての演出家を交えた座談会、日常を切り取った特集記事、トップコンビの対談、トップと2番手との対談、同期同士の対談、OGとの対談、スターの歩みの振り返り、スターたちによるバラエティ、組子によるお稽古場リポート、稽古場風景、大作であれば制作風景の特集番組や舞台となった海外への取材番組などもあったりする。それを丹念に追いかけていると、演目についての基礎知識の他に演じているタカラジェンヌのキャラクターをいやでも認識する。どれだけ一生懸命に舞台を作り上げようとしているか、その過程を覗き見て思い入れはひとしおとなり、語る言葉を聞いたタカラジェンヌはなんとなくでも「ひととなりを知っている人」となる。
演じているひとりひとりを知っている舞台。
今真ん中に立ってスポットライトを浴びているトップスター、彼女がはじめて大きな役を与えられた頃を覚えている。
あの頃は一生懸命に与えられた役をこなしていたのに、今はこんなに堂々と0番に立っている。その感慨深さ。生まれた時から知っている姪っ子のようだといえば伝わるだろうか。
長く観ていると舞台の端にいる下級生までわかってくる。姪っ子が70人で舞台をやっているようなものだ。あの子も見たいしこの子も見たい。初めてのセリフを聞き逃したくない。ダンスでピックアップされていれば嬉しい。大きな役を与えられた子がどのように仕上げてきたかもじっくり見てあげたい。もちろんメインキャストは全員、これまでの舞台をたくさん知っている。今回はどのような姿を見せてくれるのか。
慣れてくると、友人同士の役をやっている二人が同期だとか、今回の演目で退団になる子に餞となっている場面など、演出家の意図に気付いたりもする。むしろ、観る人が知っている前提で舞台そのものが作られている。演出側も、ファンをよく知っている。
目が圧倒的に足りない。
一度でなんか見切れない。
演目の発表から一喜一憂し、演出家の傾向からどのような舞台になるかを予想し、チケットを申し込み、原作があれば予習し、配役発表で大騒ぎして、『歌劇』(専門誌)で座談会を読み、タカラヅカニュース(専門チャンネルで毎日放送されている番組)でお稽古場風景を見たりお稽古場トークを見たりして期待を膨らませ、初日を観た人の感想をSNSで検索し、ありとあらゆる事前情報を得てから心して観劇する。それでも舞台上の情報量が多すぎて感情が忙しい。もちろん舞台上の人たちは全員が眩しいほどに全力なので、その輝きに胸がいっぱいになって事前の予習など吹っ飛んでしまう。
目の前の舞台は、よく知っている美しくストイックな彼女たちの、汗と努力の結晶なのだ。
その努力の過程を多少なりとも知っている我々は、思い入れずにはいられない。
何も知らずに観ていた頃から眩しかったその輝きの、眩しさが1000倍増しにも感じられるのだ。
ひとり例をあげたい。
数年前に退団した「美弥るりか」というタカラジェンヌがいる。彼女が少女時代から宝塚歌劇、とりわけ涼風真世というスターのファンであったことは、彼女がことあるごとに口にする有名な話だった。
そんな彼女が在籍する月組で上演が決まったのが『グランドホテル』。くだんの涼風真世さんの退団公演として上演された演目の再演。しかも、美弥るりかに配役されたのは当時涼風真世さんの役であったオットー・クリンゲライン。
『グランドホテル』公演初日には涼風さん本人も観劇したという。
「そんなことある!?」と言いたくなるような奇跡のドラマだ。
こんな途方もない夢が叶う瞬間を目撃したわたしたちも、その奇跡に胸を打たれ、全身全霊でオットーを演じる美弥るりかを目に焼き付けるようにして観劇したのだった。
宝塚は夢の世界。
退団の挨拶でよく口にされる言葉だが、そもそもタカラジェンヌはみんな夢を叶えた人たちなのだ。青春すべてをそこに賭けてきたことをファンはみんな知っている。だからこそその輝きが尊いし、胸を熱くする。そして彼女たちは信じられないくらい純粋で翳りがない心まで美しい女性たちである。少なくともそうとしか見えないように振る舞っている。タカラジェンヌがフェアリーと言われる所以だ。
わたしたちは彼女らが、「タカラジェンヌ」という高潔で眩しく途方もなく険しい道を歩んでいる、その人生そのものを舞台をとおして観ている。そして心から尊敬し、心を揺さぶられ、応援しているのだ。
一度宝塚を観てみたいと思っている、貴方。
是非、タカラジェンヌが人生すべてを賭けている舞台を観て、そこから彼女たちを知ってもらえませんか?
そしてまた次の舞台も観て、彼女たちの成長を感じてみませんか?
そうしているうちに、彼女たちから目が離せなくなる。
タカラジェンヌという生き様。それこそが、宝塚の魅力です。