わたしの愛した「てるみり」 〈前編〉
宝塚についていろいろ書こうと思ったけれど、まずは自分の「好き」について書いておかないとどうにも進まないことに気づいたので、今日はそのことを赤裸々に書いていきたい。
わたしの永遠の青春である「てるみり」コンビについてである。
まず、宝塚におけるトップスターとトップ娘役の組み合わせは、在任中は絶対であり、お芝居では必ず主役と相手役を演じ、ショーでもメインを務める。ショーにおいてはたまに2番手とトップ娘役とのカップリング場面など見受けられるが、それはあくまで演出の一つでありメインの組み合わせではない、少し目先を変えるキャスティングである。この認識はファンの共通認識であり劇団の公式設定である。
なので、トップスターに就任する際にはトップ娘役が誰かということがものすごく大切な要素となり、トップスターのファンにとっては死活問題と言っても過言ではない。なにせこれから数年にわたってその人の隣にずっと立ち続ける相手なので、その組み合わせ如何によって運命が決まるのだ。娘役には順当な就任というものはあまりなく、そのスターに似合いそうな(と劇団が判断した)生徒が抜擢されることが多い。
正直、このトップコンビの組み合わせを愛せるかによってファンのメンタルは大きく左右される。
ファンの間では「お嫁さん」と呼ばれたりもするくらい、トップスターとセットである存在、それがトップ娘役なのだ。
SNSなどでは2人の愛称を組み合わせて「ことなこ」(礼真琴=ことちゃん、舞空瞳=なこちゃん)、「れいうみ」(月城かなと=れいこ、海乃美月=うみちゃん)などとコンビ名のように呼ばれていたりする。
これまでわたしが見てきた中でも、就任発表の時点で「もう間違いなくお似合い」だと皆が口を揃えて言うようなコンビもいるが、「えっ……正直、受け入れ難い……似合うと思えない……」と面食らうようなコンビも、「すごく好き」な人と「許せない」人が賛否両論分かれるようなコンビも、いた。しかし、演目を重ねるうちにしっくりと馴染んでいくことがほとんどで、娘役はトップスターを尊敬して一生懸命ついていき、トップスターも相手役を尊重しながら教え伸ばして良い関係を築いていることが折々に感じられれば、はじめのそういった違和感もあまり気にならなくなって、まるで生まれた時からコンビを組むことが決まっていたように見えてきて安心するものだった。
しかし、そのように安心して見ることが最後までできなかったのが、わたしが応援し続けた「てるみり」コンビだった。
宙組トップスターであった凰稀かなめ(愛称てる、りか)。その相手役に選ばれたのが、当時花組で抜擢が続いていた実咲凜音(愛称みりおん)。宙組からの選出ではない、いわゆる落下傘娘1だ。わたしがリアルタイムで知っているのは就任後からのため、就任前までのそれぞれの評判や就任が決まった時のファンの反応などは書くのを差し控えるが、衝撃の組み合わせであったことは想像に難くない。例えば組替え前に一作組んだことがあるとか、そう言った経緯で他組から抜擢されることはあるが、まったく「はじめまして」の組み合わせだ。これには本人たちも戸惑ったと、就任してからも語られている。
凰稀かなめは美貌の男役だった。容姿端麗なタカラジェンヌのなかでも抜きん出て小さな頭と長い手足、目鼻立ちも際立って美しい。そんな彼女の隣に立つことになった実咲凜音も美しくスタイルに恵まれた娘役だったが、なんと凰稀かなめの方が頭が小さい。これはみりおんは悪くない。かなめさま(わたしはずっとこう呼んでいる)が異常なのだ。かなめさまより頭が小さい人類なんかいない。
そして、これはときどき存在するタイプのスターなのだが、凰稀かなめは「男役との組み合わせが似合う」男役だった。
男役の中でも雄々しいというよりは少し中性的でアンニュイな魅力があり、男役同士で妖しく絡み合うような場面がすこぶる映えた。そこにはBL……というか「やおい」のような独特の世界があり、そういった組み合わせを愛しているファンも少なからず存在する。
対して実咲凜音は「妖しい」持ち味はあまり見られず、どちらかというと健やかで伸び伸びとした明るいタイプの娘役で、確かに美男美女でビジュアルはお似合いなのだけれど、組み合わせとしては未知数……という印象でスタートしたように思う。
お披露目公演は『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』であった。
ところでわたしは「お披露目公演の雰囲気はそのコンビのイメージを左右する」という持論がある。
これについては機会があれば詳しく書きたいが、今回はてるみりコンビに限って書くと、銀英伝は決して「トップコンビがラブラブ」な演目ではなかった。この作品はどちらかというと男たちの戦いのドラマを描くもので、もちろん宝塚歌劇で上演するので少しはロマンス要素もあるのだが、メインとはならなかった。凰稀かなめのラインハルトと実咲凜音のヒルダは心惹かれ合う描写こそあるもののはっきりとは結ばれず、どちらかというと同志のような雰囲気で幕を閉じる。もちろん宝塚歌劇には他にもそういった演目はあるのだが、重要なのはこれがお披露目公演であり、てるみりコンビが完全に「はじめまして」の状態からはじめて作り上げた作品である、ということだ。しかも本公演から博多座まで半年に渡り上演され、トップコンビとして関係を育む大切な時期を(役として)あまり愛し合わずに過ごした。これは本当にその後の2人の関係を左右したと、わたしは思っている。
そうして迎えた次の演目は『モンテ・クリスト伯/Amour de 99‼︎』。
ここで付け加えておくことがある。前作の影響もあるが、実はこの時期の宙組はいわゆる「2番手ぼかし」。凰稀かなめが就任した際、はっきりと2番手として明示されたスターはいなかった。2番手はだいたいお披露目公演の階段降りで2番手羽根を背負って降りてきた時点で確定するが、銀河英雄伝説では2番手羽根が存在しなかった。そうしてそれは次作のモンテ・クリスト伯でも決まらなかった。
2番手候補としては、宙組生え抜きで凰稀かなめより学年が上の悠未ひろ、凰稀かなめの就任と同時に花組から組替えとなった若手スター朝夏まなと、同じく雪組から組替えとなった緒月遠麻がいたが、誰も決め手に欠けた。結果、2作にわたり「3人で2番手」のような状態で上演された。モンテ・クリスト伯では3人ともが凰稀かなめと程よく絡む役で、ショーでも凰稀かなめが女役となり緒月遠麻と踊る場面があったりした。
結果、実咲凜音が割りを食った。
あまりいい言い方ではないが、トップコンビが主役とヒロインとして愛し合うことが、今回もメインとならなかった。
モンテ・クリスト伯では2人はオープニング後すぐに引き離され、戦うシーンまである。これでも愛し合った関係で幕が降りるので銀英伝よりラブ度は高いくらいだ。
この次に上演された全国ツアーは『うたかたの恋』。宝塚歌劇を代表するロマンスだ。ここでようやく当たり前にあるはずの「トップコンビがとことん愛し合う姿」を見ることができ、この頃がてるみりコンビファンとしては最高に幸せな時期だった。見目麗しい二人が顔を寄せ合い、微笑み合い、愛を囁き合う、その絵画のような美しさと心の震えるような深い愛のお芝居は本当に素晴らしかった。しかしこの全国ツアーと前後して発表になった次の演目からが問題だった。
一つづつ細かく書いていると永久に恨み言を書き続けそうなので端的に事実だけ並べたい。
次の本公演は宝塚を代表する作品の一つ、『風と共に去りぬ』。
凰稀かなめはレット・バトラー。そしてその相手役であるスカーレットに配役されたのは、なんと男役スターの朝夏まなとと七海ひろきだったのだ。
実咲凜音はメラニー。天使のように清らかな役柄だが、レットとは当然結ばれないどころか場面での絡みもほぼひと場面のみ。
凰稀かなめは朝夏まなとと七海ひろきと愛憎にまみれた姿を披露したが当然実咲凜音とはラブ度のかけらもなかった。
さらにここで例外的だったのが雪組公演『ベルサイユのばら』への凰稀かなめの特別出演。凰稀かなめのオスカル、星組トップスターの柚希礼音がアンドレだ。この二人は星組でトップスターと2番手として組んでいた時期があったので当時のファン垂涎の特出となったが、てるみりファンがこんなに愛に飢えているのになぜ他組の男役と濃厚に愛し合う姿を見ないといけないのか。いや素晴らしかったけども!!!!!!!!正直わたし史上最高のオスカルとアンドレがこのちえてるである。(柚希礼音=ちえさん)しかしそういう問題ではない。
そこであまりに素晴らしいオスカルを披露しすぎたのか、宙組は次の本公演で『ベルサイユのばら〜オスカル編』を上演することになってしまう。私情にまみれた書き方になってしまったが、まさに「なってしまった」という心情だった。宝塚を代表する演目とはいえ、数年しかないトップ就任期間にあまり頻繁に観たい演目ではない。しかもオスカルは女である。当然、実咲凜音とは愛し合わない。実咲凜音は春風のような少女、ロザリー。オスカルを慕うロザリーとの百合百合しい場面こそあるものの、トップコンビとしては当然物足りないことこの上ない。しかも、オスカルはアンドレと愛し合うのがこの演目だ。アンドレは、朝夏まなとと緒月遠麻。ここでも男役の方が凰稀かなめと濃厚に愛し合うこととなった。
凰稀かなめはストイックに芝居を追求するタイプのスターだった。そして、全てを投げ出すあまり、プライベートの時間も役が抜けきれないようなところがあった。
そして彼女はトップとなってから特に、人を寄せ付けない雰囲気があった。みんなで和気あいあいとやっていくというよりは、誰よりもストイックに役に向き合う厳しい姿を見せるトップだった。そんな彼女が一番厳しくあたっているように見えるのは、組の顔となるトップ娘役の実咲凜音だったように、わたしたちには見えた。トップコンビとして仲が良いとかラブラブとかというより、厳しい師匠と弟子のような、ピリピリとした雰囲気を感じさせる二人だった。
そんな凰稀かなめが時々彼女本来のふにゃっとした末っ子の顔を見せるのが、雪組時代から気心の知れた同期である緒月遠麻との間だったりもした。
当時、わたしたちてるみりファンがどれだけヤキモキヤキモキしたのか、少しでも伝わるだろうか。
別にイチャイチャしてくれなんて言っていない。先輩と後輩だし、役を高めて厳しく育てるのはいいことだ。実際みりおんの芝居はどんどん良くなり、器用で感覚派だった彼女が、愚直に一回一回役を作り込んで成長していく姿は見応えがあった。その成長が感じられたからこそ、師匠でもあるかなめさまに少しでも彼女を認めるような様子を読み取りたくて、一挙手一投足に一喜一憂する日々だった。しかしなかなか二人が仲睦まじい様子は見られず、我々は少しでも目が合ったり触れ合ったり話題に出したりしたことを目を皿のようにして拾い上げて、二人の仲を確かめようとした。不仲説もあったが、不仲なようには見えなかった。ただ、絡む機会があまりにも少なく、あまりにも役に恵まれなさすぎた。そして、凰稀かなめは自分にも相手役にも求めるものが厳しすぎたのだ。
そしてついにその日がやってきた。
凰稀かなめの退団発表だ。
その前に、名古屋の中日劇場で上演された『ロバート・キャパ/シトラスの風Ⅱ』は素晴らしかった。なにせトップコンビが愛し合って結ばれるのだ。当たり前のことが当たり前ではない。この時はショーもロマンチック・レビューの名のとおり、トップコンビが出会って結ばれるお芝居仕立ての場面がいくつもあって、てるみり史上最高の愛し合い公演であった。この幸せがあれば生きていけると本気で思って名古屋まで通った。しかしこの後すぐ退団発表があり、われわれはあまりの悔しさに天を呪い慟哭した。
なんで!?!?
なんで本公演5作しかないのにトップコンビ結ばれない公演ばっかりやったん!?なんで!?!?
5作というのは少なくはないが多くもない。
しかしあまりに短すぎた。トップコンビが愛し合い結ばれる演目5作と、相手役ですらない2作を含む5作とでは満足度が全然違う。わたしたちが見たかったのは凰稀かなめと実咲凜音がいろいろな演目や役で愛し合う姿であって、大切な友人とか尊敬する人とかの関係性ではないのだ。そして実咲凜音が役に恵まれなさすぎてもったいない、どうか添い遂げ退団しないでくれと願った。その願いだけは叶い、凰稀かなめは単独退団だった。その代わりというのか、同期である緒月遠麻が同じタイミングで退団することがのちに発表された。
長くなりすぎたので続きます。