カクヨム『彼女たちの屋根裏』第4話 監視システム、マンションの大家響子と管理人浩、元妻響は町内会と店子のために一肌脱ぐがそれはマンション住民のグチャグチャの私生活と半グレたちとの闘いの幕開けだった。
推敲前ですが、どんどん公開していきます。私の作品は、何人称とか無茶苦茶ですし、心理描写もいい加減。物語の設定、ストーリー展開の方に重きを置いてます。プロじゃないですし、文芸作を書こうとも思っていないので。
第4話 監視システム
遠藤は彼の管理会社とマンション組合との管理員委託派遣契約書を佐藤の条件を加えた書面で作成していたので、それを響子に渡す。
「細かいかもしれないけれど管理員の勤務時間の始業八時という変更と、昼食とフレックスタイムの休憩の合計二時間というのは組合規定の変更を伴います。組合員の三分の二の賛成が必要ですが、80戸の内、35戸は私の所有、20戸は遠藤さんのアイワ不動産の所有だから、私とアイワの代表登録してある吉村課長代理の賛成で約69%で問題なしです。形式上、個人所有の25戸のオーナーに組合会議の声をかけておきます。それから後にこの書面に署名しますが、今から佐藤さんは当マンションの管理員で四日間の引継ぎで折田さんと交代、これでよろしいわね?」
威厳があるマンションの組合理事長の言い方だが、彼女のゴスロリ衣装のせいで、幼女戦記のターニャ少尉が敵の工場攻撃前の「宣誓します!我軍は…」みたいになった。佐藤は真面目な顔をするのに苦労した。彼女に慣れている遠藤と折田はいつものことだ、という顔をしている。
「九条さん、当方の無理な引継ぎをご了承いただきありがとうございます。引継ぎは問題なきよう、今から開始いたします」
「了解しました…ねえ、それで、引継ぎは五時まででしょう?その後、私、佐藤さんにこのマンションの監視システムのことでご相談があるのよ。折田さんからお聞きしたの。『監視カメラを使って人間の行動を予測する技術』というのを開発していらっしゃるんでしょう?せっかく60台も監視カメラを設置したんだから、もっと活用できないかな?と思ってさ」
「理事長…」と佐藤。
「響子でいいわ。響子と呼んで」遠藤と折田は『理事長、お嬢さん』で佐藤は『響子』呼びなのは特別扱いのようだ。遠藤と折田は別におかしいとは思っていない。
「え~…響子さん、それは『移動人物追跡に基づく動線クラスタリングを用いた行動解析』という技術です。銀行などの金融機関、空港ビルなどで、Condensation algorithm というのを拡張して入退室するランダムな人物をトラッキングし、その移動データだけでクラスタリングすることによって得られた行動経路を異常行動の発見に応用するものです…」遠藤と折田はポカンとして聞いている。響子は面白そうに聞いている。
「…セキュリティに関する応用技術でして、監視カメラの動画を顔認識させて人間の顔のワイヤーフレームを作成します。それで、複数の個人の動きを追跡することが可能になります。さらに、顔のワイヤーフレームの変化によって、例えばある人物が異常行動、つまり犯罪行動とかですが、それをするかどうか、本人の心理、感情の変化がどうなっているかで、普通の行動から乖離した異常行動を将来とるのかを予測します。そのデータを使えば犯罪防止に役立ちます」
「なんだか理解不能。おバカな私にもっと噛み砕いて教えていただけない?」
「それはかまいませんが、この技術を使うためには、クラウドにデータをアップしてクラウドサーバーで解析させるか、現場置きのスパコン並のコンピューターを使う必要があります。マンション程度の監視システムのサーバーでは能力不足で実用になりません。さらに、監視システムデータをイントラネット外に出すのは、プライバシーの侵害に抵触します」
「つまり、私の理解では、デートをネットに出しちゃダメ、このマンション内でその顔認識とかの解析ができれば、大丈夫、ってことよね?」
「響子さん、少なくとも0.1テラフロップス以上の性能があるコンピューターじゃないと…って、わかります?私は私物で私のマンションにそれを置いてありますが…私のマンションですからデータはネット経由になるので問題ですし…」
「わかっているわよ。それ、あるわ。この部屋にあるの」
「ハァ?そんなスパコン並みのものが?この部屋に?」
「フフフ、あるの。だから、五時過ぎに来て頂戴」遠藤と折田は勝手にやってくれ、という顔をしている。佐藤の話す言葉は彼らにとってチンプンカンプンだ。
響子との面接は三時を少し過ぎた頃に終わり、遠藤、折田、佐藤の三人は彼女の家を後にした。遠藤は社に戻りますと言って帰っていった。
折田の部屋で元の職場の作業着に着替えた佐藤は、折田と屋上からマンションを巡回していった。屋上の塔屋《ペントハウス》のエレベーター機械室、塔屋の上の高架水槽、給水消火設備の機械室を見て回る。どこにも監視カメラが設置されている。それも可動式タイプだ。設備が高級すぎて使い切ってないな、と佐藤は思った。
それから各階を見て回る。各階の消火栓設備、火災報知器の位置を確認した。エレベーターホールにも監視カメラが設置してある。これだけ厳重だと女性は安心だろうな、と佐藤は思う。折田は角の空き部屋をマスターキーで開けて、ベランダから各階四方の建屋の壁に設置してあるカメラを佐藤に見せた。これも可動式で、上下左右が監視できる。ベランダの監視もできるから、おかしな人間が侵入してきたり、ベランダに間違って閉じ込められたりしたら役立ちそうだ。外部も見下ろしで監視できる。マンションの周囲を数百メートル監視できるということだ。これも宝の持ち腐れだな、と佐藤は思う。
一階まで降りて、受変電設備、駐車場、ゴミ置き場、エントランスなどを一通り巡回した。全ての場所にカメラがあった。エントランスでは既に佐藤の顔認証が済んでいて、カメラに顔を向ければマンションへの入退室は可能になっていた。四時過ぎで入居者の小学校低学年の生徒たち、買い物に行く奥さんたちが出入りしていて、折田は一人ひとりに挨拶をする。挨拶を返す人、無視する人、それぞれだった。
一通り見て回って折田の住み込みの部屋に戻った。佐藤は作業着を脱いで着替えた。「明日からマンション住人に会えたら紹介し始めよう。管理員室に頻繁に来る人、全く来ないで私も顔すら知らない人、さまざまだ。80世帯入居しているんだから、いろいろあらあな。浩のマンションもそうだろう?」と折田。
「マンション住人の立場と管理員の立場じゃあ視点が違いますよ、オジサン。住人だと、お隣さんの顔も知らない、引っ越して挨拶に回っても、邪魔者を見るような目で見られます。マンション組合で住民として会議に出席しますが、住民の出席者は専業主婦のオバサンたちや高齢者ばかり。そういう人とは知り合いですが、住民の七割はまったく知らない。地震とか火事の際に顔見知りになっておけば助け合えるのにと思います」
「まあ、そういうご時世なんだろうな。私の次の職場のマンションは厄介な住民がいないといいだ」
「オジサン、このマンションには厄介な人は?」
「何人かいる。それも明日から教えよう。明日は八時に来るんだよな?」
「時間が早くてスミマセン」
「引継ぎが四日間だから、早いほうがいい。さて、これエレベータのカード」と折田が佐藤にカードを渡す。「そろそろ五時だから、おまえは理事長の部屋に行かないと」
「あれ?オジサンは?」
「あんな寺の坊主のお経みたいな話に付き合えねえよ」
「しかし、理事長…響子さんは一人でしょう?」
「ああ、長男と長女は同じ階の別の部屋に住んでる」
「マズイでしょ?」
「マズイか?誤解されるとか?」
「それもありますし、響子さんのあの衣装が…」
「ああ、ありゃあ、初見の人に会う時とか喜んで着るんだよ。驚かそうと思って。わざと。私も始めての時はビックリした。今日の格好はおとなしい方だよ。ソファーに座ると下着が見えるほど短いスカートの時もあるからなあ。なんだ?浩、理事長の毒気に当てられたか?襲っちゃダメだぜ」
「私はロリ趣味じゃない」
「そうだよなあ、あれで39歳だよ。どう見ても20歳に見える」
「そうですね。でも、私には響《ヒビキ》がいますので…」
「まったく、おまえの親父も言ってたが、あれじゃあなんで離婚したのかわからんってさ。離婚して別々のマンションに住んでいるけど、それをお互い行ったり来たりしていて、それを離婚というか?え?折田?とこの前も言われた」
「毎週一回は会ってますから」
「それで、会って、まだエッチしてるって言うじゃないか?」
「まあ、そうですね。響《ヒビキ》が欲しがりますから」
「私には理解できないよ。まあ、いいや。理事長に会いに行きな」
-∞- -∞- -∞- -∞- -∞- -∞-
佐藤は二階の理事長の部屋に行く。彼女は二階に四部屋自分用に持っている。201号室と202号室は仕切り壁がなくつながっている。マンション建設の際に要望したそうだ。構造計算が大変だったろう。残り二室は2LDKと1LDKで、長女と長男が住んでいる。貸し出せば家賃が二室で月三十万円ちかくになるはずだ。金持ちだからできることだ。
折田が以前本人になぜ最上階に住まないのか、間取りも広いのだし、と聞いたら、彼女は「マンションの10階なんてビル火災で死んじゃう恐れがあるでしょ?それに最上階なら高額家賃が徴収できるのに、マンションオーナーがそんな大事な案件に住んでどうするの?」と言われたそうだ。実に合理的な考えだ。
佐藤は201号室のモニター付きドアカメラのボタンを押す。「九条さん…響子さん、管理員の佐藤です」とモニター画面に大声で言った。ドアカメラは最新式で、留守中でも来防者の画像を録画でき、後で確認したり、リアルタイムでスマホから応答もできる機能がある。管理員の手間を省いてくれるスグレモノだが、この機能を使い切っている入居者は少ないだろう。
ドアが開いた。響子がご苦労さま、どうぞと佐藤を部屋に招き入れる。
「佐藤さん、なんで廊下であんな大声を出すのよ?」
「誰が見ている、聞いているかわからないでしょ?だから、わざと聞かせるために大声を出すんですよ。誰か聞いていたら、ああ、理事長のところに管理員が用事で来たんだな、ってハッキリとわかるでしょう?独身の妙齢の女性宅にお邪魔するんですから」
「変な気を使うのねえ」
「誤解されたり、あらぬ噂が飛んだらお互い困るでしょう?」
「あら?佐藤さんとだったら、私は困らないけど…」今日会ったばかりで剣呑なことを平気で言う。
「・・・あの、早速、その高性能のパソコンを見ましょう」
「あれ?話題を変えるのねえ?まあ、いいわ。その内近所の居酒屋で続きを話そうね。え~っと、こっちの部屋のデスクにセットしてもらったわ」
玄関横の部屋に通された。建築基準法で人が長時間過ごす居室には、採光や換気に必要な窓を設けなければならないが、この部屋は窓がないはずだ、と佐藤は会社で見た間取り図を思い出す。この部屋は居室ではなく、納戸・サービスルーム扱いとなる。六畳ぐらいの広さだが横に長い。衣装部屋を考えた間取りなんだろう。
Windowsベースの普通のデスクトップパソコンと湾曲モニター、プリンターがおいてあるワイドタイプのデスクが部屋の隅に設置してある。チェアが二脚。あれ?普通のパソコンだよな?と佐藤は思った。「響子さん、これは普通のパソコンでは?」と聞いた。
響子はうれしそうにニタァと笑って、モニターの下を指差す。マックミニぐらいの函体が見えた。「これよ。管理員室にも同じのが置いてあったと思ったけど?」佐藤は管理員室の監視システムはまだ良く見ていなかった。「エヌ◯ディア製のAIチップ搭載の最新型よ。これ一台で1ペタフロップスの性能なんだなあ。これならあなたの動線クラスタリングなんだらの解析もできるんでしょう?」
「響子さん、よくこれをご存知ですね。これ、今年の五月に開発者向けとして発売されたばかりですよ。一般向けじゃない」
「出入りの業者がマニアックで、値段だって三千ドルだから先行投資のつもりで買っちゃいなさいよと言われて買ったの。管理員室のと合わせて二台。一台47万円だもん。ソフト代で30万円。自腹よ。マンション組合からは支出してないわ」さすがに金持ちだ。家賃10ヶ月分だ。「でも、この部屋にこいつを設置してあるのは内緒なのよ。理事長は監視カメラを覗き見してる、なんて言われちゃうから」
佐藤がデスク周りを見てみた。壁埋め込みのLANコンセントがデスクの後ろの壁にあった。「このLANは管理員室の監視サーバーまで配線されているんでしょう?」と彼女に聞いた。
「建設中のときに何かあったらと思って工事に含めてもらったの。よくわかるわね?」
「会社で拝見した工事見積書のBOQの項目で、管理員室・201号室LAN配線工事という項目があったので、LANが201に来ているのはわかりましたが、図面を詳しく見ていなかったので、この部屋とは思いませんでした」
「佐藤さん、今までの管理員で建築工事の見積もり書なんて見た人いなかったわよ」
「前職が前職なんで、気になっちゃうんですよ」
「そうよね。設計事務所の設備電気担当者だったものね。変な人ね。設計事務所の先生がただのマンションの管理員でいいなんて?さっきも聞いたけどなんで?」
「響子さん、話がそれてます。私の身の上調査の時間じゃありません。監視システムの話でここにきたんですよ」
「あら?じゃあ、今度居酒屋でこの話はしましょうね」
「こっちのパソコン側のチェアがあなたのよ」と椅子をトントン叩いた。「メンテの人用とで二脚必要と思ったけど、これからはあなた用になるのかしらね?」
「・・・」
「響子さん、このエヌ◯ディアのAIコンピューターはWindowsじゃなくて、リナックスがOSですよ。よく使えますね」
「この前入ったばかりだもん。あんまり使ってないわよ。この前マンションの前の路上で交通事故があって、それで警察にカメラの動画データを渡したぐらいよ。ただ、追突した車の運転手がよそ見運転をした証拠の静止画で犯人を特定するのに役にたったわ。だから、まだこのエヌ◯ディアの性能がわからないの。業者が顔認識ソフトはインストールしたと言っていたけど…」
「このWindowsのデスクトップとエヌ◯ディアはつながっているんですか?」
「入荷したばかりだから。業者がこれからやるって言ってたけど、まだつながってないわ。私はリナックスなんて知らないから、このWindowsはマンションの経理に使っているくらいなの」
「なるほど。エヌ◯ディアのアドミンは業者なのかな?」
「アドミン?」
「管理者です。中身をいじれる人。ゲストは操作だけする人」
「ああ、それなら、私もアドミンだわ」
「じゃあ、立ち上げてログインしていただけますか?」
響子が佐藤に顔を近づけて、エヌ◯ディアの電源を入れた。モニター画面がログイン画面になる。響子は佐藤に擦り寄るみたいにチェアを佐藤の方に寄せる。近いなあ、と佐藤は思う。彼女はログインパスワードを入力した。
響子からディオールの香りがした。佐藤は香水は嫌いじゃない。元妻の響《ヒビキ》へのプレゼントはいつも香水だ。問題なのは、響子の香水が響《ヒビキ》と同じなのだ。ディオールのオー・ソヴァージュ。二人が合わせたような匂いってのが佐藤には気になった。
佐藤は持参したバックから彼のパソコンを取り出した。エイ◯ースのゲーミングAIパソコンで、個人用AIアシスタントのCopilot アプリをカスタマイズしたものだ。「響子さん、私のパソコンをエヌ◯ディアにつなげていいですか?これをエヌ◯ディアのリモートPCにして、データをエヌ◯ディアからこれに吸い上げてデータ解析を試しにしてみたいのですが。後でリモートの接続は解除します」
「私のエヌ◯ディアにあなたのエイ◯ースをつなげるの?いいわよぉ。解除しなくてもずっとつながっていてもいいのよ」
「…」
「ねえねえ、佐藤さんって呼び方、しっくりこないわ。三歳年上だけど佐藤クンじゃダメ?」
「別に構いませんよ」佐藤はパソコン操作で忙しい。上の空で言っている。
「ねえねえ、佐藤クン、いつも思うんだけどさ、スマホもタブレットもパソコンも最近は顔認証でログインするでしょ?」
「そうですね。指紋認証もですが」
「ねえねえ、顔認証って、ゲーセンのプリクラみたいに二人で撮したらどうなの?」と響子は佐藤にもっと顔を近づけた。
「顔認証は一人だけです」
「つまんないわね。二人でホッペをくっつけて認証させるなんて良いじゃない?」響子が佐藤の脚に太ももを押し付けた。キャパクラじゃないんだから。
「よくありません!…ええっと、ほうほう、もう最近数ヶ月の監視カメラ動画の人間のワイヤーフレーム化は終わってますね。業者が自動にしていたのかな?これが時間がかかるんですよ」
「私のエヌ◯ディアとあなたのエイ◯ースをつなげただけでもうそこまでわかっちゃうの?すごいわねえ…つなげっぱなしだとドンドン私のが佐藤くんにわかっちゃうのね?ね?」
「…」
「響子さん、マンション監視システムの目的はご存知ですよね?マンション資産の保全目的と住民のセキュリティーを担保するためです。ですので、あくまで監視までで、監視データの解析は住民のプライバシーの侵害になる可能性があります。入居者に訴えられるかもしれません」
「わかります…真面目ねえ…」
「ですから、エヌ◯ディアが解析したワイヤーフレームデータ、マンションの入退出データなどでかなりのことがわかりますが、これからの話は他言無用にしてください」
「私と佐藤クンだけの秘密ということね?ね?」
「…まず、無難な線で、響子さんのデータを見てみましょう。響子さんの入退出データと監視カメラのワイヤーフレームデータからわかることは…」
「私、最近、男性関係はないわよ。不倫とかしてないわ。してもいいけど…あ!離婚している独身同士は不倫にならないわね?ね?佐藤クン?」
「…え~、響子さんのデータからわかることは…あれ?」
「あれ、って何?何もしてないもん…最近…」
「響子さんがマンションに出入りしている時に頻繁に出現する同一人物がいますよ」
「どういうこと?」
「あなたにストーカーらしき人物がいるということです」
「ええ?」
「今、エヌ◯ディアからのデータでエイ◯ースが解析しましたが、少なくともこのマンション住民に対する不審な人物の存在が四名でました。解析が進めばもっとかも。もちろん、単なる待ち合わせとかありますが。該当する人間をSP1、SP2・・・と個人認識させて記憶させ、データを蓄積させていきます」
「SP?」
「Suspicious person。日本語でいうと『不審者』のことです。それでバグも出てきます。『同じ日に二分以上ほぼ同じ位置にいる人間』って立ち話しているマンション入居者もいる。608号室の田中さんの奥さんみたいな。田中さんがSP3だとすると、SP3は入居者だから除外、とプロンプトに付け加えます」
「佐藤クンは今日ここに来たばかりでしょ!なぜ、608号室の田中さんの奥さんなんて知っているの?」
「監視システムの顔認識と住民データからわかります。簡単なことです」
「確かにプライバシーの侵害になるかも…」
「実感いただけましたか。さて、では響子さんの場合は…SP4という人物がしばしば響子さんのマンションの出入りで出現します」
「えええ?」
「SP4の出現は先月の場合、金曜日5件、土曜日・月曜日4件、火曜・水曜・木曜に各1件ずつです。時間頻度は、19時から23時の間で時間の相関はありません。SP4のデータはありません。不明な人物です」
「そのSP4の写真とか静止画は今出せるの?」
「ハイ、簡単」と佐藤はパソコンを操作して、曲面ワイドモニターの分割場面の左側にSP4の姿を大写しさせた。「右側にSP4の映像を五秒間隔で出します。誰であるかわかったらストップと言って下さい」
曲面モニターにマンションのエントランスの監視カメラの映像が出た。彼女が「ストップ」と言う。映像が停止した。「映像を拡大してみて」映像が拡大されていき、SP4の顔が大きく見えた。
「う~ん、どう見てもこれは元旦那だわ」
「元の旦那さんの写真とかありますか?その写真をスキャンして比較することができますよ」
「そんなことができるの?」
「ハイ」
「ミッション・インポシブルみたい。写真を持ってくるわね」
響子が部屋を出た。佐藤はホッとした。39歳なのに見た目が20歳ぐらいにしか見えないゴスロリ衣装。ロリっぽい容貌なのに色気がある。ディオールも直接スプレーしていないのだろう。 香水をシャワーのように吹きかけてくぐっているだけだ。だから、軽く香る程度だが、彼女の香りにクラクラする。間違いをおかしそうだと佐藤は思った。
彼女が戻ってきた。写真をヒラヒラさせて私に渡した。写真を見るとどこかの海食崖の上に立っている男性が映っていた。非常に鮮明な写真で解像度は十分だ。写真をオールインワンプリンターでスキャンして取り込んだ。アシスタントにスキャン画像を認識させる。その写真と監視カメラのSP4の映像を比較させた。
(この写真とSP4の映像は98%の確率で一致します)というメッセージがAIアシスタントのサイドビューに出た。
「元旦那さんで間違いないようですね」
「あの人、なんで私の後なんかつけるの?」
「まだ何も起こっていませんから、警察に通報してストーカーへの処置をしてもらうことも可能ですが…」
「まずなぜストーキングするのかの理由を調査しないと。知り合いの興信所にお願いしようかしら?」
「興信所?使われたことがるのですか?」
「言ったでしょう?80世帯のマンションには社会の縮図、いろいろな問題が日常的に発生するの。もうドロドロ。個人的に住民から相談を受けることがあるのよ。だから、興信所や探偵に内緒で依頼することもあるの」
「なるほど…」
「他にわかることはあるの?ストーカーだけじゃなくて」
「いっぱいありますよ。私のパソコンのデータベースでは過去の解析データからワイヤーフレームの時間的な変遷によって怪しい行動をする人の可能性が抽出できます。浮気・不倫をしていそうな人。恐喝を受けていそうな人。万引きしていそうな人。いじめに合っていそうな人。DV被害での顔の傷がある人。高齢者で健康状態が悪化している人などなど…ほら、リストができました。まだ完全じゃないですが…」
響子がモニターを覗き込む。もうエクセルファイルで、佐藤が言ったような可能性のある住民の部屋番号、名前、日時、頻度が出ていた。響子は、えええ、こんなに!と思った。
「ね、響子さん、プライバシーの侵害ってこういうことですよ」
「この恐喝を受けていそうな人って、どうやって特定するの?」
「実際の恐喝を受けた人間の時間変化、ワイヤーフレームの変化率から割り出して、それと類似する人物をこのマンション住民に当てはめて予測します」
「DV被害は?ああ、そうか。顔の傷がない時、ある時でワイヤーフレームが変わるのか」
「その通り」
「万引きしていそうな人は?」
「同じく万引き常習者の動画から行動を判断します。万引きして、自分の部屋に戻る時にバッグの中を探って、万引きした物を確かめる行動をするとか」
「高齢者で健康状態が悪化している人も同じか。健康な時と悪化している時の変化ってことね?いじめに合っていそうな人も同じことなのね?だんだん、姿勢とかがビクビクしだすとか?」
「その通りです」
「怖いわね」
「だから、止めましょう、こんな解析」
「私とあなただけが知っていればいいでしょ?警察は事件が起こらない限り、疑わしい人物なんて調査も逮捕もしない。だから、未然にいろいろなことが防げれば…」
「高齢者の孤独死を防止したりとか、不倫・浮気の暴力沙汰を未然に防いだりとか?万引き、いじめも?それこそ無数にあるようなそういう予兆をマンションオーナーだからといって介入するんですか?私は単なるマンションの管理員ですよ?」
「だから、二人だけの内緒で、二人でできることだけをすればいいのよ…あれ?この金策とかという項目は?」
「家賃を滞納しそうな人です」
「そんなことまで!」
「ええ。わかりました。響子さん、約束して下さい。解析データの結果は他言無用、ゴシップネタにしない、悪用しない、あくまでいろいろなトラブルの事前防止に使う、二人でできることだけする、後は警察などに任せる。これらを約束できれば協力しましょう」
「約束する!だって、トラブルが起こって、このマンションの資産価値が下がるのは問題でしょ?それを未然に防げるんだから…ああ、でも、あの織部さんの奥さんが浮気の可能性65%!」
「響子さん!」
「わかった、わかりました。興味本位はダメよね…ああ、どっと疲れたわ。ねえ、佐藤クン、これから飲もう!」
「え?飲むんですか?」
「近くに、町内の人間やマンションの住人が行きつけの寿限無という居酒屋があるのよ。町内会長さんも来るし、マンションを買った住民も来るの。みんなに紹介するわ」
「やることもないですし、構いませんが?でも、その格好で?外に?」
「あら?行っちゃうこともあるけど、まあ、ゴスロリ姿で近所をうろつくとまた何か言われるわね。町内会長の小言を言われるかもしれないわ。着替えます」
「だったら安心だ」
「着替えるわ…佐藤くんなら覗いてもいいわよ?」
「響子さん、勘弁して下さい!」
-∞- -∞- -∞- -∞- -∞- -∞-