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A piece of rum raisin 第12話 シンガポール(2)

あの頃のシンガポールは、まだまだ発展途上。街を歩いている男女が安物のゴム草履をはいているのもしばしば見ました。古い植民地時代の100年以上は経っている建物が使われており、そういう建物の汚いレストランで汗をかきながらフィッシュヘッドカレーを食べ、ビールをよく飲んでいました。
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第 12 話 第二ユニバース:シンガポール(2)
1987年7月2日(火)

私たちは食事を終えて、腕を組みながら、しばらくオーチャードをブラブラした。「もう、世界中でなんでもかんでも森羅万象を語れる女性って、私には洋子しかいなくなっちゃったんですね」
「絵美さんのことを忘れられないのね?明彦は?」
「洋子に絵美のようなことが起きたとしたら、洋子は私に忘れて欲しいですか?」
「そうね。私は忘れて欲しくないわ」
「そうでしょ?でも、今は生身の生きている洋子しかいない」
「そう、私は生きているからね」
「さ、ホテルに戻って、その生きている洋子を確認させて欲しいですね?」
「まだ、こんなに陽光燦々なのに?」
「カーテンを閉めれば部屋は暗くなる。それとも、欲しくない?または、夜になるまで待つの?」
「バカね、早くタクシーを拾ってちょうだい」
「目の前がタクシーステーション」
「あら?」
「さ、乗った、乗った」と、私たちはタクシーに乗り込んだ。「ウェスティンスタンフォードまで頼みます」とドライバーに言う。洋子は、私の手を握って、自分の腿にあてさせた。ちょっと汗ばんでいる。
「ねえ、クリュッグ飲むの?」
「デューティーフリーで買ってあります。2本。タンカレーも。ビタースは私の部屋にあったのを持ってきました」
「まあ、私も買ってきたのよ、2本。バランタインの30年も1本」
「考えていることは同じか。これで4本と2本。酔っぱらってしまいますよ。洋子にピンクジンを作ってあげられるね」
「初めて会った時のお酒ね。なつかしいわ。新橋の第一ホテル」
「あのホテルももうないけどね。潰れてしまったんだ」
「そう、思い出の場所もなくなってしまったんだ」
「でもね、洋子、感じるんだけど、洋子も絵美も私も、別の世界、別の宇宙で、生きていて、別の人生を送っている。何かの使命を持って生きているような気がするんだ。すべて何かとつながっていて、運命の中で生かされているような。私たちが第一ホテルで出会ったのも偶然じゃない。ニューヨークでいろんなことがあったのも偶然じゃない。ぜんぶが必然の産物だったような気がする」
「私も同感よ。私も絵美も明彦も偶然出会ったのではない気がするの」
「まあ、過ぎたことだね。ルームサービスに言って、アイスバケットとシャンパンクーラー、グラスとおつまみを注文しようよ」
「ダメよ、酔っぱらう前にやることをちゃんとしてくれないと」
「ちゃんと私がしないと、洋子が強引にしちゃうでしょうに?」
「アハハ、そうね。まったく、私たち、こんな南国まで来て、昼間からやることは日本にいたときと同じね」
「観光するよりもそっちの方が楽しいでしょ?」
「もちろん。早く部屋に行きたいわ」

ホテルについて、私たちは部屋にあがった。もちろん、グチャグチャにすでになっている洋子の部屋の方だ。

「洋子、まだシンガポールに来て、チェックインして、数時間しか経っていないでしょ?この部屋にいたのは数十分でしょ?」
「そうよ」
「それで、すでにこの状態?スーツケースは開けっ放し。下着は脱ぎっぱなし。あれ?うわぁ~、洋子、フランスにいるからって、こんな刺激的なランジェリーを着ているの?」と、私は生地がとてもとても薄くて、着ていても裸同然というパープルのブラとGストリング、ガーターとストッキングを手に持って、ヒラヒラさせた。
「なによ?明彦が喜ぶと思って、わざわざビクトリアズシークレットで買ったのよ・・・」
「刺激が強すぎますよ」
「大丈夫よ、今は。白のリネンの服だから透けて見えちゃうでしょ?だから、白のおとなしい方の下着を着ているのよ・・・」
「なにが大丈夫なんだかなあ・・・それで、床にスカートは放り出してあって、シャツはソファーに引っかかっていて、帽子は、って、こんなマイフェアレディーみたいな帽子をフランスからかぶってきたの?」
「そうよ」
「飛行機の中でも?」
「まさか。その帽子じゃあ、隣の席の人間が怒るわよ。ケースにしまって、ラゲッジに預けたわよ」
「でも、チャンギからはかぶってきた?」
「陽光燦々ですもの」
「いつもながら、目立つ人だ」
「それを気にする私ですか?」
「ハイ、気になされませんね。まあ、いいや。ジャケットはどこに放り出したの?どこ?」と、私はジャケットを探し回った。それは、テーブルの下に落ちていた。私は散乱した衣類をまとめて、ドレッサーに吊した。ベッドの上にでんと置かれているスーツケースをしまう。
「こら、洋子!私が片付けているのに、また、服を脱いで放り出さないで下さいよ」
「だって、邪魔でしょ?服は?」
「ルームサービスが入ってきたら?」
「誘惑しようかなあ?・・・バスルームにバスローブがあるわ。下着は脱がないわよ。明彦の楽しみに着たまま、ね?」
「ね?って、ほら、ジャケットとシャツとトローザーズを渡して!吊すから!・・・あ!」
「あ!って、何よ?」
「洋子、色が白なだけで、その下着、裸同然のデザインじゃないですか?」
「フフフ、興奮するでしょ?」
「まったく、バスローブを持ってきますよ」化粧品も散乱していたので、それらをまとめて、バスルームに持って行く・・・え?
「洋子!このバスルーム、どうなっているの?」
「あ、それ?シャワーカーテンしめないでシャワーを浴びるとそうなるのよ」
「なぜ、シャワーカーテンをしないの?」
「体に張り付くことがあるから嫌いなの。バスローブをちょうだいな。掃除してないで、早くルームサービスに電話して、しましょうよ、あれを」私は洋子にバスローブを着せる。ドレッサーにあったスリッパをはかせた。バスローブの合わせ目から白のガーターストッキングが見える。これじゃあ、ルームサービスが来たら発情してしまうなあ、やれやれ。
「あのですね、掃除しなかったらベッドが使えなかったでしょ?」
「明彦のベッドを使えばいいじゃない?」
「じゃあ、このまま、チェックアウトまでこの状態にしておくの?」
「いいじゃない?文句言わないの。綺麗になったわねえ。やっぱり、明彦が居るといいなあ・・・」
「やれやれ、洋子、その格好!ルームサービスが来たら発情してしまうでしょうに?ストッキング、脱がないと・・・」
「あら?ダメ?ダメなの?じゃ、脱がしてよ」
「自分で脱がないんですか?」
「せっかく、明彦に脱がしてもらおうと思ったのに・・・」
「ルームサービスどころか、私が発情してしまうでしょ?まったく、もお・・・ほら、ベッドに座って!脚を出して!」洋子はベッドに座ると、左脚を出した。私はひざまずいて、ガーターの留め具を外して、クルクル巻いて脱がす。「ハイ、右脚」と、こちらも脱がした。洋子が私の髪を触っている。
「まったく、洋子、会ってうれしくって、わざと駄々をこねるのは私もうれしいんだけど?会ったかいがありますから・・・」と、私はひざまずいて顔を伏せたまま言った。
「なんだ、知っていたの?」
「計画的に散らかしたでしょ?わざと、そこいら中に脱いだ服を散らしておいて。何も片付けないで、私がこうするのを期待したんでしょ?」
「キミが私の考えを読めるのを忘れていたわ。でも、だって、明彦、私、寂しかったのよ」洋子は私の髪の毛をグジャグジャにかきむしる。
「私も同じですよ。会いたかった」
洋子は、私の顔を両手で挟んで、キスをしてきた。「でも、洋子?」「なあに?」「このままキスして、始めちゃったら、ルームサービスに注文できないでしょ?」「それは、後でいいじゃない?ね、今、ちょうだい」「やれやれ・・・」






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