フェミニストのレスバ常套手段「ガスライティング」とは何か?

Xで男性差別・女性差別の話題になる度に、ある種の女性が好んで使う論法がレスバ相手に対する「非モテ」「チー牛」「弱者男性」認定だ。使われ方としては例えば女子枠や奢り奢られ論については「そんな事を気にして文句言うのは金や学力のない弱者男性だけ。真に強い男性はそんな事を気にしないし、結局はそういう男性がモテるのだ」みたいなものだろう。

ここで「いやそんな事はない。女子枠や奢り奢られ論に反対するのは社会的弱者や非モテ男性だけではなく…」と反論しようした貴方は、まんまとガスライティングにハマってしまっている。何故なら貴方はその時点で彼女達が暗黙の前提にしている「社会的弱者や非モテ等は精神的安定性を失い、正義や論理ではなく私怨や感情でモノを言う。従ってマトモに取り合う必要はない」を認めてしまっているからだ。

当然に発言の正当性は発信者の属性が担保するわけではなく、また発言の動機も同様に発言の正誤を担保しないし、そもそも他者の動機というか本心など通常は証明しようがない。彼女達の発言は侮辱や差別意識の発露や対人論証というだけでなく、実はガスライティングと呼ばれる心理現象なのである。

ガスライティングとは心理的・感情的な虐待の1種であり、加害者が被害者に自分の認識や精神的安定を疑わせる事を言う。この言葉は1944年のアメリカ映画「ガス燈」に由来しており、映画では夫が妻を精神的に追い詰める為にガス燈をわざと暗くしたり物を隠したりし、妻がそれを指摘すると夫は「貴方の勘違いだよ」を振る舞い続ける。そこで妻は自分でも「私は物忘れや盗癖が酷いのかも」と不安になってしまう。相手の懸念を正当な苦情ではなく、何か精神的な欠陥の産物として断定し無視する…これがガスライティングだ。ガスライティングとそれがどのように自分に不利に利用されるかを理解することは、自分の信念を貫き大義を主張するうえで不可欠な要素だ。ここである種の女性が如何にガスライティングを使うか?を少し解説して行こう。

証明しようのない内心を決めつける

ガスライティングの厄介な点は、しばし誰にも…本人でさえ測ったり断定出来ない「本心」や「無意識」に焦点を当てることである。例えば「貴方のそれは優しさではなく弱さ」なとば典型だ。この言葉は相手の親切心や善意を(客観的に証明しようがない)「弱さ」と決めつける事で、その行為の意図を湾曲している。すると他者に対して敏感でピュアな人間ほど「自分の善意は本当に無私の道徳心から来たのか?それとも親切を行わないことによる不利益の懸念に怯えているだけなのか?」と考え込んでしまう。当然自己肯定感が低下してしまい、時には謂われなき侮辱されたにも関わらず加害者の言ってる事は正当であると思ってしまうこともあるだろう。この状態に陥ると加害者の言葉に依存しやすくなり、ガスライティングが更に効果を発揮するようになる。実際、Xなんかではこのガスライティングの犠牲者が騎士として活動する姿は頻繁に観測されている。

結論から言えば動機や本心が如何なるものであろうと、詐欺の前準備とかでない限り他者に親切に接する行為は善意である。それが例え「親切にしない事による不利益を恐れて」を動機にしていようと、善行を自分の意思で選択したこと自体に相違はない。またこの世に100%混ざり気のない利他的な「善意」が存在し、そうでない善意は全て偽物であるという世界観自体があまりにピュアだ。ハッキリ言えば幼稚の1言。ガスライティングに対抗する為の方法の1つは、その言葉によって得をするのは誰か?を考えることである。

同じような例に「男性は幼少期から甘やかされてるから逆境に対する耐性がなく自殺する」というのがある。

男性自殺者に対するヘイトスピーチに他ならないが、これを正論として扱うことで男性の自殺は大した問題ではない、或るいは単なる自己責任である、はたまた男性が特権を享受してる証拠である…との結論に続くことも決して珍しくない。これに対しては「自殺者の男女比は10代でもその他の年齢層と同様に男性の方が2倍程度多い。理論が正しければ男性が甘やかされている期間…社会に出る16~22歳以前までは自殺者は男性に偏らないはず」で論破可能だ。

https://www.mhlw.go.jp/content/r1h-1-3.pdf

しかしながら厄介なのは、この時点でも既に「女性側が思いつきで話すヘイトスピーチを男性がそうでない事を証明する必要がある」という前提に乗ってしまっていることだ。当然ながら、こういったヘイトスピーチと受け取られないかねないセンシティブな発言・分野の話をするならば、当然に言説の正当性や根拠の証明義務は発信側にある。悪口を言われた側が自分が悪口に当てはまらない証明を迫られる時点で、かなりおかしな話なのだ。ガスライティングに対抗する為の方法の1つは、相手の言ってることが単なる主観に基づく決めつけである場合、自分は純然たる被害者であることを決して忘れないことである。

セクハラ

ある種の女性が最も気に入ってるガスライティングが「セクハラ」だ。これは皮肉に思える。何故ならフェミニズムは建前上は性別の役割や伝統的な男性らしさ…マッチョイズムを批判し、それに従う男性を非難して「そんなものから解放されてもええんやで?」と訴えるからだ。

しかしながら同時にフェミニストは男性がマッチョでない事を揶揄し嘲笑する最初の人間である。Xで「非モテ」「チー牛」「弱者男性」等で検索すれば、彼女達がマッチョでない男性に対して如何なる言動をするか?は1目瞭然だ。こうした現象はフェミニズムは1貫した価値観や思想などではなく、宗教的イデオロギーや文化的ミームに近い事の証である。勿論、女性の中には…というより過半数の女性は「私はフェミニストでないし彼女達の過激すぎると思ってる」と述べるが、研究では全ての女性の8割程度は強い思想や宗教意識を持っていることが示唆されていたりする。

フェミニストは…というより大体の女性は男性の問題について発言したり、フェミニストの政策を批判したり、女性犯罪者を責める人間を「モテなかったり、社会的地位が低かったり、その他現実の何かが不遇だから言ってるんだろw」と決めつけ、セクシャリティを攻撃したり侮辱する。勿論これは貴方に何らかの後ろめたさを植え付けたり、「マッチョでなければ発言権はない」「属性や地位が発言の正誤を担保する」という前提を飲み込ませたり、そして貴方の不満が何か他のモノに対する不安や精神的問題から生じていると示唆することで、その不満を無効にするガスライティングだ。その目的は勿論、貴方に自分自身を疑わせて口を封じる事である。

これに対抗する方法は当然にマッチョになることではなく、セクハラをセクハラと認識し毅然とした態度をとる事である。これは1般論であるが、虐めは虐められっ子がビクビクし虐められる原因を必死に改善しようとすればするほど、虐めっ子に「効いてる!こうすれば支配出来る!」と学習させイジメは悪化するものだ。

ニュースピーク

ジョージ・オーウェルの小説「1984年」には、架空の国家イングソックが「ニュースピーク」と称して国民の思考を支配する為に言葉の意味を変えたり、既存の言葉を削除したり、新しい言葉を作る試みを行っている。そしてフェミニストも例に漏れず新しい言葉を作るのが大好きだ。マンスプレイニング、シーライオニング、ノットオールメン、トーンポリシング…そういった用語を駆使し「貴方の言動は××に該当してる!だから女性差別してる!」と2段論法で貴方を性差別主義者に仕立て上げる。

これは非常に有効な手段であり、その言葉が1般的になればなるほど自明の理であるように思えてしまうし、同時にある種の説得力が増したように感じてしまう。そしてフェミニストは時間に余裕のある方が多いのもあり、ネットのwikipediaや辞書を現在進行形で改竄している。

因みに余談だが、何故こうした言葉の女性バージョンがないか?というと、それはフェミニストや騎士達がありあまる暇を駆使してマンスプレイニングのような性差別用語をリストに追加する1方、女性バージョンのそれはクレームを出して消させているのが原因だ。実際欧米では「女性が男性に対してジェンダー的な説教すること」として流行した「Womansplaining」が、2025年1月14日現在googleでそれについて説明してるサイトを見つけることは出来ず、それが流行った形跡を伺いしれるだけになっている。こうした騒動は日本だとpixiv辞典の「マ×コ二毛作」騒動が有名だが、海外では彼女達はオクスフォード英語辞典に圧力をかけbesom、piece、bit、mare、baggage、wench…等の性差別用語を削除させている。例えばオクスフォード英語辞典からは「bitch」という項目から、その言葉が貞操観念の薄い女性や売春婦を指すという説明が消去された。

https://note.com/beatangel/n/ne505ac2c1868

これに対抗するにはこの手の造語は必ずしも何らかの客観的根拠に基づくものとは限らず、用語の1般化は真実性を担保せず、また彼女達は手習いでこの手の言葉を開発し続けてると認識することだ。この記事も、そういった女性達の常套手段が「ガスライティング」として概念化されている事を知らしめ、その助けになればと思って書いた次第である。

男性の問題を女性蔑視として扱う

「弱者男性」という言葉が流行ってから、男性の問題を扱う記事をちょくちょく見るようにはなった。しかしコレを「男性の困窮にも光が当たるようになった」と喜ぶことは出来ない。何故なら、その手の記事は往々にして「男性にも辛いところはあるよ?だけど女性はもっと大変!だから男性の問題を語る前に、まず女性に寄り添おう!」とする内容のモノが殆どだからだ。例えばこの「“生きづらさ”抱え被害者意識が増幅、女性を「敵」と見なし攻撃する事態も…「弱者男性」が“闇落ち”せずに苦悩を訴える方法とは」という記事はタイトルからして、もうそういう内容だ。実際書いてある事も或る意味で期待通りである。

女性が受けているような『差別』を男性が受けているわけではありません。また、男性は社会的に女性よりも有利な面が多く、構造上の『特権』を持っています。

言う間でもなく典型的なガスライティングだ。記事の最後まで筆者?(インタビュー形式で書いてる為、筆者という表現は適切でないかもしれないが)は、具体的な特権内容については1つも触れず「自明のことなので説明する間でもない」という態度をとり続ける。

歴史的には、フェミニズム運動では女性たちが実際に集まって語り合うことで、自分たちを肯定する言葉と同時に人種的・性的少数者の問題を軽視していたことに関する自己批判の言葉も生み出されるなど、バランスが保たれる傾向にあった。

偽史である。もしくは杉田俊介氏は過去にフェミニストは爆弾闘争やリンチ扇動をやったり、現代では「Kill All Men」と訴えたり旦那デスノートやったり子殺しや困窮詐欺等の女性犯罪者を擁護しているが、それらよりも男性がネットで女性蔑視発言する方が重大でバランスの欠けた問題と見做しているようだ。

このように相手をミソジニストと決めつけ「違うというならまずは女性に寄り添え!」とやり、それをやらない男性達をインセル、ミソジニスト、弱者男性、有害な男性らしさetcとレッテルを貼り、男性の問題を女性蔑視として扱うのがフェミニスト達の常套手段…ガスライティングだ。

そもそも論から言えば男性が直面してる問題を指摘する前に女性に気を遣わなければならない…という考え方自体が馬鹿げている。例えば女性は女性の問題を指摘する時に同じように男性に気を遣っているだろうか?これを「女性は男性に比して権力を有しておらず~社会的地位も低く〜」云々で説明する方もいるだろうが、王様に対して何の気遣いもせず「貴方の扱いに不満がある!」と叫び、その態度が肯定的に扱われる奴隷がいるだろうか?また奴隷に対して「貴方の方が苦しいことは自明であり、決してそれを無視するわけではなく、私の苦しみは私自身の責によるところも多いわけですが、それでも私の訴えを聞いて下さい」と3跪9叩頭する王様がいるだろうか?そしてそうしないと「奴隷蔑視だ!」と責められ否定的に扱われる王様は本当に王様なのだろうか?

このようなガスライティングに対抗する為にはシンプルに「ソレはソレ。コレはコレ」と別けることだ。この「男性の問題を女性蔑視として扱う」ガスライティングには、「女性は男性に比して社会的弱者である」「女性は女性差別をバランスよく訴えられる」「男性差別を訴える男性は実態以上に被害者意識が強い」等の謎前提が幾つもあるが、最大の謎前提が「男性の問題を語る際は女性を気遣わなければならない」なのだから。

現実教

「ネットの光景に囚われず現実を見ろ。現実の男女の大半は仲良くやってる」はガスライティングの最たるものだ。何故なら主観的根拠を理由に直接的に「貴方は正気でない」と決めつけてくるのだから。これについては「ネットは現実の全てではないが1部である」と「統計を見ろ」で終わる話だ。現実としては未婚率も非恋愛志向も年々上がってる。付き合ってる男女にせよDV暗数は年々上昇傾向だ。

https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/22/backdata/01-01-01-09.html

皮肉な事にインターネットの中で1番現実から目を逸らし、自分の中にある世界観を妄信してるのが「現実を見ろ」を教義とする現実教徒である。そんな彼等のもう1つの最大の特徴は「自分の人生が上手く行ってるなら社会の差別や不公平に苦情をいうはずない」とナチュラルに考えていることだ。要は彼等は徹頭徹尾自身の快・不快のみにしか興味がなく、社会にも現実なるものにも何の関心も抱いてないのである。

ガスライティングに対抗する方法:まとめ

・ガスライティングという概念を知っておく

・主観的な決めつけによる侮蔑は本来言われた側に反証する義務はない事を意識する

・証明しようがない内心の話には乗らない

・発言者の属性は言説の正誤を担保せず、発言者の属性が問題になること自体が差別が実在する証なことを意識する

・現実を見る


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