独身中高年男性はn歳で狂う!…と言ってる方は狂うという話

 インターネットでは定期的に「独身男性はn歳で狂う」みたいな話が流れてくる。雑に言えば「n歳までに独身だった男性はその年齢周辺でおかしくなって発狂する」という説だ。nは大体35歳か45歳といった数字が入る。またはてな匿名ブログで35歳の独身男性が書いた「独身中年男性、狂ってきたので今のうちに書き残しておく」が大きな話題を呼んだ。

 そしてネットでは何故独身男性はn歳周辺でおかしくなってしまうのか?の議論が定期的に流れるようになったが、結論から言えばそもそもそんな事実はない。というかコレは「いい歳こいて独身はみっともない」の言い換えでしかない。とりあえず狂うの定義を「精神疾患その他メンタル不調を抱える」とした場合、その事実がない事は配偶関係別の自殺死亡率で確認出来る。

https://www.mhlw.go.jp/content/r3h-1-1-07.pdf

 独身男性の人口10万人あたりの30歳自殺率は36、40歳自殺率は40であり、nが35にしろ45にしろ、その周辺でガッと自殺率が増えるという事はない。50歳に入ると55になるが、50歳代で自殺死亡率があがるのは既婚者にも当てはまる傾向である(14→19)。はい解散、お疲れ様でした…と行きたいところだが、読者の中には「確かに自殺者は増えてないけど、自殺まで行かずとも精神疾患やメンタル不調に苦しむ独身男性は多いのではないか?」と疑問に思う方や「年齢で狂うことはないにしても未婚者は既婚者に比して自殺リスクが高い事は事実ではないか?」と思う方もいるだろう。その為、これらをもう少しだけ掘り下げて検証してみよう。

結婚にメンタルヘルス保護効果はあるか?

 この手の議論が難しいのは所謂「東大ピアノ理論」バイアスの問題だ。これは東大生にはピアノ経験者が多いが、そこから「だからピアノは学力向上にいいんだ!」と結論するのは誤りであり、真実は「東大生には裕福な家庭が多く、そういった家にはピアノがあったり習わせる事が出来る」という身も蓋もないところにあるという問題だ。類似する問題としては「酒を適度に飲むのは健康にいい→酒を適度に飲む集団は大体高所得で生活習慣が安定してる」「アイスが売れると水難事故が起きやすい→アイスが売れるような熱い水泳日和は水泳者が多くなる」「コーヒーを飲む方は心筋梗塞が起きやすい→喫煙者がコーヒーを多く飲む傾向にあった」等がある。このように集団同士の比較において、片方の集団に偏って存在する因子が比較したい対象に大きく影響を与えてしまう問題は統計学では交絡バイアスと呼ばれている。

 そしつ「独身者は狂いやすいか?」における交絡バイアスとしては、所得問題やメンタルヘルスなどが考えられる。念の為に指摘すると男性の結婚率と所得とメンタルヘルスに関連があることは自明だ。簡単に言えば女性は低所得でもメンタルに問題あっても結婚出来るが、男性はそもそも低所得だったりメンタルに問題ある人間は結婚出来ないのだ。

https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je23/h06_hz020206.html


https://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/fullarticle/1390257

 結婚とメンタルヘルスにおいて交絡バイアスを除外するのは困難な為、この手の研究では矛盾する結果が出ており見解は1致しなかった。しかし最近とある出来事によって、これらの交絡バイアスを比較的除外して検証する事が可能になった。それは皆様も経験されたコロナ禍である。

 コロナ禍は全世界に深刻な影響を与え、米国ではコロナ禍によって失業者が溢れた。そこで研究者は「今だったら未婚者と既婚者の社会的状況を揃えた比較研究出来るやん!所得や仕事の状況といった交絡バイアスは排除された!」と気付き、失業者や収入減に襲われている既婚者と未婚者集団におけるメンタルヘルスの分析を行ったのだ。その結果、既婚者が失業や収入源でメンタルヘルスの問題を経験する可能性は未婚者に比べて1~2%低いことが判明した。また結婚のメンタルヘルス保護効果は白人に集中し、黒人やヒスパニック系には見られなかった。

この結果を顧みるに、結婚にメンタルヘルス保護効果はあるかないか言われたら「ある」と言う事にはなるだろう。研究者も「重要な因子だ」と何度も強調してる。しかし劇的な効果があるとは表現し辛い結果だろう。

 そして結婚にある事象を加味した場合は「既婚者は独身者より狂いやすい」とすら言えてしまう事が明からになっている。それは皆様はとっくにお気づきだと思うが

離婚リスクは結婚の保護効果を打ち消す

 これは前述した自殺率の表からも読み取れるだろう。日本において人口10万人あたりの40歳独身男性自殺率は36で、40歳結婚男性自殺率は19であるが、なんと40歳離婚男性自殺率は112だ。文字通り桁が違う。またこれと精神障害の関連を調べた研究では更に衝撃の事実が判明している。

 結婚とメンタルヘスについて方法論の難しさに業を煮やした研究者は15か国n=34493人の横断的世帯調査と国際複合診断面接を使用し、出来る限り信頼性を高めて未婚者と初婚者と離婚経験者のメンタルヘルスの状態を突き止めようとした。日本人も1305人含まれる。この結果、初婚者男性は未婚者男性と比してうつ病オッズ比が0.8、不安障害が0.8、アルコール依存症0.8という結果が出て、中でも社会恐怖症と薬物乱用は0.2と高い保護効果が示唆された。

 この結果を見る限りでは結婚はメンタルヘルス保護効果がある!…と言えるが、それを打ち消して余りあるのが初婚者と離婚経験者を比べたオッズ比だ。離婚経験者男性は初婚者男性と比してうつ病オッズ比が2.4、不安障害が1.9、アルコール依存症2.2という結果が出て、更には初婚では高い保護効果が認められた社会恐怖症は3.1、薬物乱用は3.3に跳ねあがる。正確なデータは要求中の為断言出来ないが、単純計算で既婚者のうち1割が離婚するリスクがあるだけで精神疾患の保護効果は全て打ち消されると言える数字だ。

 離婚はその性質上、正確な数字を把握する方法は「結婚した男女の集団を死ぬまで追跡し離婚したか否かを検証する」しかなく、その方法は難しいために離婚率は「その年に結婚したカップル÷その年に離婚したカップル」で計算されるが、その計算では離婚率は35%。この概算も「再婚者」という結構大きい変数を除外出来ないが、とりあえずもう面倒臭いので雑に30%とする。

 で、30%で計算すれば精神疾患は勿論「自殺リスクも独身者より既婚者の方が多い」という驚愕の結果が出てしまう。(独身男性が10万人中40人自殺する、既婚者男性が10万人中14人自殺する、離婚者男性が10万人中112人自殺する…と考えた場合、既婚者7万人と離婚者3万人の自殺者数は既婚者10人+離婚者33人=43人となる)

 多分実際厳密に計算すれば既婚者の方が少なくなるだろうが、それでも独身者に比して劇的な結果は出ないだろう。こんな微々たる効果を持って狂うだ狂わないだ言うのは不毛の1言であるし、更に滅茶苦茶メンタルに悪い離婚リスクの事を除外するのは論外の1言である。

 しかし問題はこのような客観的根拠がない…というか自殺統計を斜め読みするだけで「?」となる事を結構な人数がマジに捉えていることだ。何故こんな××な言説を情強を自称して陰謀論を馬鹿にする事に余念のないネット民が真に受けてしまったのだろうか?

 結論から言えば「そもそも特定の属性を指して狂うぞ!と言うこと自体が論外であるが、日本において中高年男性には人権がないのでやっても許される」という話に過ぎない。これを例えば女性に置き変えて「独身中高年女性はn歳で狂うぞ!」とやったら、どれくらい燃えるかは想像に難くないだろう。実際「女性はn歳で羊水が腐る」「出産しない女性はオニババになる」等は滅茶苦茶燃えた。それらの真偽自体はここでは語らない。

キョロ充

 「独身中高年男性はn歳で狂う!」を支持する方の中には、次のような理由から独身中高年男性は狂ってしまうと考える方も多いだろう。「1人の男性が個人として幸福を追求出来るのはn歳が限界であり、それ以降は社会的成熟が求められるのに家庭がないが故に困難である。また社会から取り残される孤立感から変な営為に走りやすい」みたいな感じだ。何の根拠もない純度100%の差別意識である。そしてこのような差別意識で独身中高年男性と接すれば、当然悪いとことばかり目に入り自分の偏見を確信していくだろうし、独身中高年男性もそれを察して防衛的或るいは攻撃的に振る舞うので観察者の主観的には「狂った」ように見えるだろう。要は単なる観測者バイアスだ。フェミニズムが男性達から支配欲を発見したのと同じ機序である。

 そしてそのような意識を持つ方の精神疾患リスクは高い事が示唆されている。米国の若い男性を対象にした長期研究では上記のような「男性は社会的に成熟し家庭を持つべきである」「共同体にコミットして役割を果たすべきである」的な伝統的な男性の役割に強く共感する男性は20年間に渡って自殺する可能性が高い事が判明している。具体的な自殺死亡率はそうでない男性の2.4倍。

 更に具体的にそういった伝統的規範のどの側面がメンタルヘルスリスクに結び付いてるか?の調査がドイツで行われた。研究参加者に、うつ病の症状、伝統的な男性的イデオロギーへの適合、自殺願望や行動などを評価する一連のアンケートに回答させ、研究者は彼等を3つのグループに別けた。

 1つ目は「別に伝統的規範とかは…」と消極的態度を示した平等主義。2つ目は「沢山女性を抱いてイケイケになるぞ!」という態度を示したプレイヤーグループ。3つ目は「いや沢山女性を抱いたりイケイケになったりする必要はないけど最低限は規範に従って…」みたいな態度をとるストアグループだ。この中だとストアグループが独身中高年男性狂う説を支持するネット民に最も近い存在と言えるだろう。そしてプレイヤーグループは特にリスクなかったが、ストアグループは平等グループに比べて自殺未遂のリスクが2倍以上高かった。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2405844024151250

 彼等がこうなる理由は端的に言えば「キョロ充」だからだ。キョロ充だから確固たる欲望も考えもないのに、そういうものだから…で上記のような言説に流されて規範を内面化し、そのうえにキョロ充だから違和感覚えても「これ間違ってね?」とは言えない。とにかく強そうなもの、正しいっぽいものに巻かれていく。実際彼等は「格好悪い」と見做される事を理由に苦痛を表面に出さない傾向が観測された。こう考えると、彼等が「独身中高年男性はn歳で狂う」的な言説を信じてしまうことが分かるだろう。彼等の独身中高年男性に対する攻撃性は「自分が正しくない/恰好悪い存在になる」事への恐怖心の裏返しだ。

 因みにコレで「男性が苦しいのは男らしさの自縄自縛に囚われてるからだ」とはならない。理由は2つ。1つ目はこうした独身中高年男性バッシングの風潮形成には女性が主に関わってる…というか主犯と表現出来ること。例えば頂き女子被害者の男性を貶め、今現在進行形で「年下女性に鼻の下を伸ばした」とデマを流してバズらせてる層について知らないとは言わせない。
https://togetter.com/li/2354544

 またこうした中高年男性論を唱える人間の真の顧客が彼女達なのは火を見るよりも明らかだ。もし本当に彼等が独身中高年男性を思い遣っていってるのならば、厳しい事や残酷な真実をつきつけるにせよ、ふざけた態度を取ったりストレートな侮蔑や嘲笑はしない。これもいつもの「弱い者イジメ発生の最大予測因子は女性の存在」ということに尽きる話だ。

 第2に「男性が苦しいのは男らしさの自縄自縛に囚われてるからだ」的なドグマは男性のメンタルヘルスを悪化させる事が示されていること。男らしさを前向きにとらえること自体はメンタルヘルスによく、1978年から2021年までの58の研究のメタアナリシスでも男らしさ自体はうつ病に対する保護因子である事が判明している。問題はどっちつかずのキョロ充気質だ。

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0165032721006972

虐めに加担してしまう虐められっ子

 こうしたキョロ充は教育界では「虐めに加担してしまう虐められっ子問題」として知られている。ノルウェーで行われた大規模研究レビューによれば虐め被害者には大きく分けて「服従的ないじめ被害者」と「挑発的ないじめ被害者」の2タイプいる事が判明した。前者の特徴は用心深い/繊細/寡黙/引っ込み思案/不安/低い自尊心/抑うつ/身体的脆弱性といった特徴が確認された。後者はそれに加えて支配的/攻撃的/反社会的といった特徴が加わり、いじめられっ子にもいじめっ子にもなりやすい。

https://psycnet.apa.org/record/2010-13348-015

 このような虐めに加担してしまう虐められっ子については内藤朝雄氏の分析が分かりやすい。この手の虐められっ子は虐めや見下しや失敗といった自分にとって耐えがたい体験を、他者を利用して「私は虐める側にも回れる」「虐め現象はコントロール出来る」という形に加工しようとしているというのだ。

 当然そのような虐められっ子はメンタルヘルスリスクも高い。コロンビア大学で行われた虐めっ子研究では、虐め加害のみを経験した生徒は特にメンタルヘルスにリスクを抱える事は無かったが、虐め被害も経験した或いはそのリスクが高い虐めっ子(虐めに加担してしまう虐められっ子)は4年後はメンタルヘスの悪化に苦しむ傾向が強かった。

 それで非常に言い方は悪くなってしまうし、対人論証になってしまうが、男性の人権が少しずつ見直されてる現在「独身中高年男性は狂う!」と言ってる人間は少しずつ白い目で見られつつある。そもそも今現在日本において未婚率は増え続けており、Z世代の4割くらいは生涯未婚者になるとすら予測されている。その4割が全員或いは少なくない割合で狂うというのは、あまりに馬鹿馬鹿しい想定だ。こういうことを言う人間は将来どのような扱いになるか?は容易に想像がつくだろう。というより、既にそう扱われてる気がしないでもない。

 結局この手の言説がバズり、ある種の人間に持て囃されるのは、道徳意識がアップデートされ続けられた結果、指差して嘲笑しても許される最後に残った属性が「独身中高年男性」という話に過ぎない。その証拠が彼等に対してアドバイスが山ほど浴びせられることだ。そのニュアンスが嘲笑的であること等はツッコミ出したらキリがないので置いておくが、ある属性が苦しみ又メンタルヘルス上のリスクを抱えており尚且つその属性が人権を有していれば、我々は彼等に変化を求めるのではなく我々が変化する事を選ぶ。実際ホストクラブに通う売春婦、シングルマザー、コロナ禍における若い女性…我々はそういった人権ある属性の苦しみを救う為、行政や律法レベルで変わってきた。

 彼等に対するアドバイスは的を射ていようといまいと、要するに「我々が彼等を苦しめてる現実を棚あげし、自己責任を押し付ける営為」に他ならない。実際これだけネットで話題になったのに「彼等(中高年独身男性)に対する支援が必要だ」は論点になる事はなく触れる者すらいなかった

 そのような状況の中でそれでも狂わず懸命に生きてる人間に対し、我々は如何なる態度をとっているか?についてはもっと意識されるべきだろう。

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