宮城編:源氏@仙台②
初めて入った源氏の店内は静寂に包まれた昭和の佇まい、四隅の淡い灯かり、コの字のカウンター、そして着物姿の女将さんが静かに出迎えてくれた。
まるでタイムスリップしたような店内の雰囲気に息を飲んだ。
創業昭和25年と古いが更に昔の米蔵を改造しての造りだから大正時代の匂いが漂う。また床は石で出来てるので中はひんやりと涼しい。
正面から見て右側には御年輩の方四人が騒ぐことなく、穏やかに微笑みなが盃を交わしている。
左側では会社の上司と部下が仕事を忘れ、上司が居酒屋の素晴らしさを若い部下に教えているように見える。
そして、女将さんの「いらっしゃいませ」の優しいの声が、一滴の雫のように胸にポタリと落ち、その感動と安堵の波紋は旅人の疲れた身体にじんわりと広がっていった。
正面のカウンターに腰をかけた。椅子やカウンターの木は固いものではなく、長い月日を経ているせいか水分の抜けた優しい温もりのあるもの。
カウンターに肘をおいた時の感覚ですぐわかった。
女将さんの「何にいたしましょう?」の問いに「ビール下さい」。
源氏のビールはモルツとエビスの黒だ。
一杯目に黒はない。味が舌に残りあっさりとした最初に出る肴には合わないからだ。
まずは久しぶりにモルツを呑もう。
冷えたジョッキに手慣れた手つきでビールを注ぐ、その仕草を見ているだけで心が和む。こう眺められるのはコの字のカウンターの良い所だ。
見事なクリーミーな泡、完璧な7対3の状態で到着。
そして、きゅうりと大根の漬物。茎わかめとさつま揚げの煮物も仲良く目の前に並んだ。
源氏はお酒を注文すると何か一品付いてくる。
悪酔い防止か?
また、ここはお酒は四杯まで。
これまた悪酔い防止か?
お腹も満たされるし、一軒で呑む量として、ベストだと思う。
居酒屋は一人で来るもの。大勢で呑む時はビールやサワーを何杯でも呑むが、一人だと、ゆっくり、何も考えずやる。
やはり四杯がちょうどよい。
次は二杯目はお酒。酒は新政。それを燗して頂く。
ここは燗つけ器があり、上からお酒を注ぎ、中の管を通って下の蛇口から、見事な燗具合で仕上がる。
それも屋台のおでん屋で見られる12角形の厚いグラスに注がれ運ばれる。さらにガラスの袴付きだ。しかも見事なまでにピカピカだ。店内を見ても余計なものはなく清潔でキリッとした着物姿の女将さんの性格が店内に表れているようです。
それと二杯目は冷奴。木綿だとは思うが絹ような滑らかさと大豆の味が濃厚で大変美味しい。
居酒屋でうまいと思った豆腐は久しぶりだ。
更に品書きを見て注文したのは目ヒカリの焼き。
先程、仙台市場で気になっていた魚だ。
鯵や鰯、メザシより身は柔らかくシシャモより上品な味わいだから食べ方も上品になる。
三杯目も新政。
鮪赤身とイクラと帆立。
これは豪華っ!
三杯目のご褒美かなっ!?
呑んでいて思ったのだが、お酒一杯に対して一品の料理。これが呑むペースと食べるペースが調度良い。
これはあくまでも一人で呑む時に限るが、呑みすぎず食べ過ぎずいい具合になっている。
しかし、初めての店。
冒険心はまだ旺盛な年頃、自家製〆サバがどうしても食べたいっ。
手書きで書かれた縦長の品書きの文字が一層その心を煽る。
女将さんにどうしても食べたく注文!
その頃には四杯目、新政。お腹もだいぶ満たされ、おでんか?あら汁か?の問いにあら汁をお願いした。
〆さばは東京のしっかり酢で〆るものと違い、どちらかというと関西の酢で程よく浸かったタイプに似ている。
身は柔らかく酢で浸かって濡れた感じが、お風呂上がりのままのようで色気がある。
また、あら汁は味が濃いめ。仙台味噌かな?
最後にあっさり系で澄まし汁もよいが、濃いめの味だと、今まで上品に優しく攻められ最後ガツンと、はいっ!おしまいっ!
と言われているようで、今で言うツンデレか?!
もの静かな女将さんの無言のメッセージがあるような気がした。
源氏は背筋がピンとなる。自然とそうなるし、そうならないお客さんはこの店には合わない。ガヤガヤ決して騒いではいけない。
この源氏の雰囲気の緩やかな波に乗って酔っていきたい。源氏の常連さんもわかっている。
最後、四人の御年輩の方が会計の時、その内の常連らしき方が「実は四人兄弟なんです。」と女将さんにご挨拶。
長男です。
三男です。
四男です。
あの歳になって兄弟で源氏で呑めるなんて幸せだなぁ。
最後、女将さんに東京から楽しみにして来ましたと告げると「遥々、東京から?ありがとうございます。またいらして下さい。」の言葉に今までずっとあった微かな緊張がほぐれ、とてつもない喜びを感じた。
鞄を肩に掛け、女将さんに会釈し、再びガラリと静かにドアを開け源氏を後にした。
今まで呑んだ居酒屋でNo.1であることは言うまでもない。
■居酒屋ロマンティクス 2010年8月7日 自身のblogより
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