赤いきつねと緑のたぬきとアナログ記録とデジタル保存(エロネタは続くよどこまでも)6
8トラックというオーディオ機器をご存知だろうか?
遠い昔、昭和の頃、長距離トラックにはつきものの音楽再生装置だった。観光バスに搭載されていたり昭和終焉の頃カラオケスナックなどにもあったりしたのでそれでご存知の方もいらっしゃるかもしれない。
バイブルサイズのシステム手帳ぐらいの大きさのカートリッジが各種売られており、それだけでかくても曲は4曲しか入っていなかった。カーラジオの下の空いた空間などに後付で取り付けられたそこそこ巨大な再生装置に
がしゃん
と手応えがあるまで押し込むと、自動的に再生が始まる仕組みだった。前後の曲を聞きたい場合はそのためのボタンを押し込むことで一気に頭出しが行われ、数秒で前か後の曲が再生されるという、アナログテープの割にはよくできたシステムだった。
当時、カー用品店に行くと、店内の一角に8トラのコーナーがあって、演歌や詩吟や子供向けのアニメソングなど豊富なラインナップのカセットが売られていた。そしてその片隅に、「愛の語らい」などと称した、女性の嬌声が収録されたものが結構堂々と置いてあったりしたのだ。
小学生の頃、何の時だったか、その女性の嬌声の8トラを聞く機会があった。多分誰かの車の中でしばらく待っていなければならなかったか何かで、退屈をした私達(あと二人ぐらい誰かがいた記憶があるのだがそれが誰なのか全く思い出せない)が8トラのカセットを漁って、その車の持ち主が持っていた女性の嬌声のテープを発見したのだろうと思う。
小学生だったが、11PMやウイークエンダーなどを見る機会はあり、こういう嬌声がどういう音声なのかはぼんやりと理解していた。近くにいる大人が私に見せないようにしていたので、子供が見てはいけないもの(=きっとすごく楽しくて面白いもの)だという認識はあった。
初めて自分の意思で聞いた女性の嬌声は、どきどきはしたが、却ってあっけなかった記憶がある。
しかし、小学生のガキなりに、この8トラテープがあれば、11PMが始まるまで起きていなくても、親に知られないようにテレビをつけなくても、ウイークエンダーの再現フィルム(当時はVTRとは言っていなかった)がその週はそういう嬌声が登場しないものであって期待はずれであったとしても、いつでもこの手の音声を聞けるのだ、という、エポックメイキングな事態であったことは確かであったのだ。
やがて8トラも廃れていき、音声はカセットテープで残すという時代になっていく。私が自分のラジカセを入手したのは小学校4年生の夏だったが、それ以降かなり長期間何を残すにも音声だった時代を過ごすことになる。テレビ番組も音声で残し、友人たちとの遊びも音声で残し、ポルノ映画館で鑑賞した作品もこっそり音声で残した(違法なので真似しないように)。
再生専用のカセットプレイヤーが安価で発売されるようになったりダビングを目的としたダブルカセットなるラジカセやCDラジカセなどが出回っていったのも相まって、音声だけの記録と鑑賞はかなり長い間行動の中心だった。
ダイヤルQ2(きゅーつー)なるサービスをご記憶の方も多かろう。とても簡単に言うと電話料金と一緒に情報料を引き落とされる有料のテレホンサービスである。少し前までテレビ朝日がなにか災害があったりするたびにドラえもんの声が聞けて1回の通話で100円の情報料を募金として徴収するという「ドラえもん募金」なるサービスをやっていたのをご記憶の方もいらっしゃるかも知れない。
そういう有意義な使い方をNTTも当初は想定したのだろうが、実際にはエロサービスがこれでもかと提供され、しかも年齢認証もなかったので大問題となったりもした。福岡県久留米市の一部地域では地域全体でダイヤルQ2に接続できないようにしてしまったりということもあったのだ。
エロ要素とは言っても、ただ単に女性の嬌声が聞けるだけのサービスだった。中にはゲーム要素を取り入れて受話器の向こうの女性が気に入るような返事を選択し続けないと最後まで音声が聞けないというものもあり、クリアして満足はしたがそのために数千円の情報料がかかってしまって遠くの空を見つめてしまったこともあった。
やがてパーティートークやツーショットダイヤルなるものが出現し、テレクラの全盛期と相まって男女の交雑の機会をカジュアルにしていくのだがそれはまたいつか機会があればお話することとしよう。
この話の初期に登場したアテナ映像の代々木忠監督は多数の書籍も上梓なさっている。その中に、1985年に発売された「エクスタシー」という本がある。この文章の執筆時点でアマゾンマーケットプレイスにもわずか数点しか出品が無い。知る人ぞ知る貴重本のようだが、何故か私は持っている。
今でこそその手の書籍や雑誌に円盤の付録がつくことは珍しくもなくなった(そして廃れつつある)が、まだ家庭用ビデオデッキも行き渡らなかった頃の当時、この本には愛染恭子氏と冨田まゆみ氏(当時現役高校生として代々木氏の作品に出演していた。現在も残る作品は4本。作品中の表記は「冨田」だがこの本では「富田」)の、作品の中での絶頂する音声のソノシートが付いているのだ。
実は私はこの書籍を入手してからしばらくの間このソノシートを聞く環境を持たずずっと死蔵させてきた。どうやって聞くことができるようになったかはちょっとへなちょこな話があるので近日中に別のシリーズでお話するとしよう。
映像が出せなければ、音声。しかも当時多くの家庭にあったレコードプレイヤーで聞けるようにソノシートでの配布という、その根性には恐れ入る。代々木氏は現在82歳であるが、それでもまだまだ現役でカメラを構えていらっしゃる。並々ならぬ情熱を感じる。
さて、脱線しつつごちゃごちゃと書いたが、80年代から90年代にかけて、アナログメディアの勃興が激しかったということを印象として持っていただければ結構である。
しかも、まだまだ音声が中心で、画像や動画はとにかく取り扱いが難しく、それでもどうにかしたいとあの手この手を繰り出していた時代でもあったのだ。
(続く)