絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #10
脳幹――あるいは「ワニの脳」とも呼ばれる箇所に、それはインプラントされている。
あらゆる生理的欲望の根源たる脳幹の機能を助長し、理性や共感性を圧迫。人工的なサイコパスを作り上げる社会的要請の産物。
脳内物質との化学的な作用を行うナノマシンによって現出した、「面白半分に他者を虐げ殺す」理想的な罪業産出労働者。
それが、〈原罪兵〉。暗い目の男は、生前何度も彼らとやり合っていたようだった。
罪業は、使うことでは減らないが、罪悪感を覚えることによって減ってゆく。それを防ぐための措置。ナノマシンの生産と制御を行う有機マイクロチップが、すべての〈原罪兵〉の首根っこには埋め込まれているのだ。
――そこを、撃ち抜く。
鉤状に曲げられたアーカロトの骨ばった指が、正確無比な軌道で脳幹部へ突き込まれ、ヴァシム自身の膝蹴りから転化された点穴勁が針のごとく突き抜けた。有機マイクロチップへ養分を供給する経脈を遮断し、その生理的活動サイクルを破綻させる。
「あ、ガ……! てめ、何、を……!?」
「悔いて、生きろ。殺してなんかやらない」
指を引き抜いて、胸板を蹴る。間合いを取る。
点穴の効果は数時間続く。有機マイクロチップが壊死するには十分すぎる時間だ。
だが――
「……っ!」
アーカロトの四肢から力が抜け、尻餅をつく。電池でも切れたかのように。
何のことはない。人を超えた魔技を駆るには、アーカロトの肉体は貧弱にして脆弱すぎた。
――こんな時に!
全身の毛穴が開く感覚。
《繰り手のカロリー消費が戦闘行動に不可欠な閾値を超えたことを確認/警告:敵性体の無力化を確認できず/脅威度判定を大幅に上方修正/緊急非常事態/罪障滅除プロトコル:停止/唯我殲滅プロトコル――》
「ダメだ……アンタゴニアス……!」
脳裏に響く、男とも女とも子供とも老人とも断じがたい声に、アーカロトは血相を変える。
薄れゆく意識の中で、ゆっくりと〈原罪兵〉が立ち上がるのが見えた。
当然ながら――有機マイクロチップを殺したからと言って即座に敵が罪悪感なり共感性なりを取り戻すわけではない。数日か。数週間か。その程度はかかる。
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