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微睡みの多元樹
エンジンの唸りがピッチを上げ、体を激しく揺さぶった。
ワールドトレードセンターのツインタワーが落とす影の中で、繰崎直人三等陸尉は全周囲を警戒しつつ、ハンドルを握る佐倉ひまりを急き立てていた。
「もっと左右に振って! タイヤに当たったら終わりだぞ!」
「事故を起こしたいんですか!?」
タイヤのすぐそばのアスファルトが連続して破裂し、直前まで自分の体があった位置の窓ガラスが砕け散る。血塗れで破片を振り払い、応射。追手の車のうち一台のタイヤを撃ち抜き、スピンさせる。この時代の通行車と激突し、停止した。
拳銃に混じってアサルトライフルの咆哮が轟く。〈ハイヴマインド〉はこの時代で武装を調達したようだった。5.56mmNATO弾が相手では、自動車のシャーシなど遮蔽物にならない。果たしてこのまま車内にいるべきなのかという葛藤を振り払う。
相手の弾薬事情もわからないのに防衛戦など無理だ。是が非でも逃げ切るしかない。
「ひまり! 歩道を行け! 今なら誰もいない!」
「あぁもう、最悪! 帰ったら免許返上する!」
●
アンドレイ・サハロフは、すぐにでも現代に帰還できるよう時空座標の設定を進めていた。
直人三尉とひまりの状況はすでに無線で伝わっている。車から降りて聖樹船に乗り込むまでの僅かな時間差すら致命的となると考え、ハッチはすでに開けっ放しだった。
ふと、背後で物音がしたような気がしたが、振り返っても誰もいない。気のせいかと思いかけたところで、車の猛烈なエンジン音が聞こえてきた。
「三尉! ひまりくん! 早く!」
ハッチから顔を出し、叫ぶ。
ドリフト気味に横づけされた車から、ひまり、次いで直人が転がり出てきた。後ろからは〈ハイヴマインド〉端末たちの車が迫ってくる。銃声が幾重にも響き渡る。
ひまりの手を取って引っ張り上げるすぐ横で火花が散り、樹皮の灼ける匂いが鼻を突いた。
直人は牽制射撃でアサルトライフル持ちを怯ませた一瞬の隙を突いて跳躍。
【続く】
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