絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #68
アーカロトとデイルは、突如として周囲を飛び交い始めた悪趣味な造形の飛翔体にも構わず、茫然と空を見上げていた。
傘のようにも、大樹のようにも見える巨大な異形の前に、比較して点にも見えるほどちっぽけな何かが浮かんでいる。
《おかあ、さん! おかあさん! おかあさん! おかあさん! おかあさん!》
無数の掌にぬらめく唇が、一斉に叫び始める。
アーカロトの周囲を探査していたとおぼしき顔面機械たちが、群れる魚のように一斉に向きを変え、浮遊する点にむけて殺到し始めた。
《みつけた! みつけた! みつけた! みつけた! おかあさん! みつけた! ほめて! おかあさん! ほめて! あいして! おかあさん!》
おかあさん、だと?
つまり何か? あの「点」にギドがいるとでも?
なぜ?
「ありゃあ……乙零式か……?」
デイルが掌でひさしを作りながら言う。
「……見えるのか?」
「お前見えねえの?」
三白眼をぱちくりとさせ、心底不思議そうな顔で返された。
そうこうしているうちにも雲霞のごとく「点」に群がる顔面機械たち。
そこへ――閃光が走った。猩々緋の直線が薙ぎ払われ、その軌跡に多数の爆発が咲き誇る。
乙零式機動牢獄の縮退エネルギー兵装か。
ビルを容易く両断する光の刃が縦横に振るわれ、そのたびに光爆の華が咲いた。
「まさか、ギドが乙零式なのか?」
「ギドってあの婆さんのことか? いや……あの体格は男だぜ。んん? あの動き……誰かを……庇っている……?」
その時、凄まじい地鳴りが大気を揺るがした。常人では立っていられないほどの揺れが襲い掛かる。
セフィラに地殻変動などあるはずがない。つまりこれは――
「うわ、あぶねえ!」
デイルに首根っこを掴まれ、宙を飛んだ。
直前まで二人が立っていた場所から、突如として百メートル強はある腕、としか呼びようのないものが生えてきた。
道路の舗装を突き破り、建造物を倒壊させながら、ほっそりとしなやかなフォルムの巨腕が天に伸びる。五指を備え、生白い肌に静脈が浮かび、掌には青く澄んだ結晶体が埋め込まれていた。その内部で光が反射、増幅されている。
巨腕は〈美〉セフィラのあらゆる場所から生えてくる。もはや腕の森と言ってよかった。怖れと混乱からか、住民たちが建物から出てきて赦しを請うように跪拝を始めている。
〈無限蛇〉システムの完全掌握による、セフィラすべてを巻き込んだ圧倒的物量作戦!
結晶体内部で励起状態が極限に達し――無数の掌から無数のビームが撃ち放たれた。驚いたことに、セフィラの反対側、回転軸の向こう側からも光線が撃ち込まれている。
それらが収束する一点に、半透明の正十六面体が出現していた。乙零式の規格化罪業場か。
全方位から高出力ビームの照射を受け、輻射光がまき散らされる。罪業場は物質ではないので、溶断される心配はないが、正十六面体を展開している間は一切の換気ができないので、あまり長くあのままだと内部の人間は酸欠で意識を失うだろう。
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