ケイネス先生の聖杯戦争 第十局面
アサシンのサーヴァント、「百の貌のハサン」は、唐突に真横へと腕を振るった。
ほっそりとしなやかな腕が鞭のように翻り、閃光のごとき投擲を放つ。
音の壁を悠々と突破した短刀は、致命の直線を描いた。
単なる刃物が立てるとは到底思えぬ鈍い音。
そこでようやく百の貌のハサンは標的へと顔を向けた。後頭部で結わえられた青紫の髪が艶やかに揺れる。
ネズミが壁に縫い留められ、絶命していた。
微細な魔力を察知し、恐らく使い魔の類であろうと体が勝手に動いたのだ。
反射的な行動だったが、あの使い魔は何一つ行動することはなく、自分の主に何一つ情報をもたらせず、斥候としての役割を何一つ果たさぬまま生を終えた。
どのような機能を持っているか不明な以上、捕まえて調べるよりは即座に殺した方がよかろうと判断する。
間諜の英霊として完璧な仕事を果たした。
己の主でもない遠坂邸を警護するのは気の進まぬ命令であったが、それが言峰綺礼の意志とあらば是非もない。
契約は必ず遂行する。それが「ハサン」の名を襲った者たちの誇りであるから。
ほっそりと女性らしい曲線を描く体躯を霊体化させ、姿を消した。
●
ライダーのサーヴァント、「征服王イスカンダル」は、頬杖をついて寝っ転がり、煎餅を齧っていた。
ブラウン管に映るのは、『実録・世界の航空戦力パート3』。聖杯を獲ったのち行われるべき世界征服に向けてのリサーチである。
画面の中で飛び回り、銃火を吐き出す鋼鉄の怪物たちの姿は、心躍る光景であった。人類は神々の手を借りずして大空をものにするに至ったのだ。実に痛快ではないか。
「あっ、くそ、また殺された!」
すぐ横では、イスカンダルのマスターであるウェイバー・ベルベットが悪態をついていた。あどけなくも癇癖の強そうな少年だ。
どうやらまた使い魔が殺されたらしい。今回は確かスズメを使い魔に仕立て上げたようだが、無駄に終わったと見える。
「どうなってんだ!? 遠坂の敷地に入ってすらいないんだぞ!? また何にもわからなかった!」
「のう、坊主。そんな根拠地が分かり切っとる敵の監視なんぞ遠巻きで良かろう。それより居場所が分からない敵を探し出さんか」
「そんなことできるわけないだろ! 冬木市に限定するにしても、あてずっぽうに使い魔を飛ばして敵が見つかるなら誰も苦労しない!」
「そうは言うが、のう?」
イスカンダルは身を起こし、無造作に腕を伸ばした。サーヴァントとしては鈍重な部類に属するが、それでも常人の目に捉えられるような動きではない。
ころりと丸っこい指先に、小さなネズミが尻尾を捕らえられていた。吊り下げられ、じたばたともがいている。
「ほれ、こうして敵も勤勉に我らを探しとるぞ?」
「嘘だろ!? どうやってここがわかったんだ!?」
「ま、どうでも良いわ」
征服王は手を振り、ネズミを窓から外へと放り投げた。
そして、分厚い筋肉の鎧に包まれた巨躯に思い切り伸びをさせ、豪快に欠伸をひとつ。
「お、おまっ、おまおま、おまえなにやってんだよ!! わざわざ敵の使い魔を逃がすなんて!」
「たわけ」
言い募ってくる少年をデコピンで黙らせると、イスカンダルは不快げに息をつく。
「あの使い魔、ほとんど何の魔力もなかった。隠蔽能力に優れているのではなく、実際に何もできない役立たずよ。そんなものを敵はなぜ差し向けてきたと思う?」
「えっ……?」
「小賢しい謀の匂いがする。無視に限るわい」
煎餅をもう一口かじった。紅毛に覆われた逞しい顎が力強く動き、咀嚼する。
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