ジャンル違いどもの狂宴 #1
「あの、俺にアレを退治してほしいとか思わないわけ?」
「えっ? なんで?」
「なんでっておめー、俺一応オークども相手にめっさ無双した感じの超天才だぞ? すげーつえーんだぞ?」
「うん、知ってるけど、オークは倒せてもあの〈虫〉は無理だと思うし、それにレッカさまはお客さんだよ? お客さんに危ないマネはさせられないよ」
頭が痛くなってきた。
烈火はわしわしと頭をかく。
「だァーもォー! お前ら! ちょっと黙れ!」
モヒカンどもがビクッ、となる。
「ちょっと黙って見てろ! 俺の超絶無敵ハイパーマッシヴ超天才ぶりを見せてやる! 俺があれをやったらてめーらのおっぱい揉ませろこの野郎! 一人三揉みくらい!」
「揉むのは別にいいけどダメだって! 危ないって! ……揉むとき腹筋触ってもいい?」
「気にするとこそこかい!! もうマジで黙ってろお前ら!!!!」
制止の手を振り払い、烈火は猛然と戸口から飛び出した。
●
「な、何の騒ぎだ!?」
隣でリーネが声を上げた。軋みにも似た音とともに、巨樹のひとつが傾いでゆき、土煙と共に倒れ伏す。エルフたちの悲鳴が遠く響いてくる。
具体的に何が起こっているかは別の樹に隠れて見えなかったが、総十郎の肌にも明らかに尋常ならざる気配が感じられた。
逃げ惑うエルフの平民たちが、こちらに駆けてきた。
全員若年に見える。男たちは顔を青くし、女たちは泣き腫らしている。
「お前たち、どうした? 何があったんだ?」
リーネは努めて優しい声で問いかける。
「リ、リーネさま……む、〈虫〉が、いきなり動き出しました……!」
「なに……!」
「ひっく、ほかの騎士さまたちが向かっていったけど、だ、だめみたいだよぅ!」
「リーネどの、フィンくんを頼む。」
即座に総十郎は昏睡する少年をリーネに預けると、起風の呪を発動。宙に舞いあがる。
〈虫〉というのが、リーネの状況説明の中に言及されていた存在であることは明白。
――あれの正体も、目的も、どこから来たのかさえ、我々にはわからないのです。剣も、槍も、矢も、魔法も通じず、辛うじて我が家門に伝わる神統器だけが傷をつけうる
オーク以上の、脅威。それがどういうわけか今この時に動き始めた。
「ソ、ソーチャンどの!?」
「一刻を争う。これにて御免。」
目を丸くして見上げてくるリーネとシャーリィとライラに目礼し、総十郎は懐より霊符を取り出す。
腕を鞭のようにしならせて投げ打つと、それらは空中に張り付いたかのように静止し、足場となった。まるで表面張力で水面に浮かんでいるかのように、霊符の周りの光景が歪んでいる。
その上を、滑るように高速で駆けた。
手にはすでに神韻軍刀が実体化し、かすかに唸りを発している。
みるみる景色が後方へ流れてゆく。同時に、痛ましい破壊痕がそこかしこに刻まれ始めた。樹木一体型の住居が、巨大な爪か刃物に斬り裂かれたように倒壊している。細い木の根が絡み合って形成された街路にも、ところどころに恐ろしく体重のある存在に踏み荒らされていた。いずれも木の破断面が真新しい。ついさっきつけられたもののようだ。
エルフたちが一斉に逃げ惑っている。
女たちの泣き声。親しい者の名を呼ぶ声。絶望的な呻き。
見える範囲にいるエルフたちは、全員が青年期だ。子供や老人が一人もいない。そのことに違和感を覚えたが、今はそんな場合ではない。
眼下より聞こえる声には、すでに諦めの気配すら漂いかけていた。
もうオンディーナは終わりだ、と。
もう自分たちは死ぬしかないんだ、と。
視界に入るエルフたち全員が、望みを失っていた。
――なにを。諦めるのが早すぎる。
だが――やがて巨樹を回り込み、視界が開けた瞬間、総十郎はどうしようもなく、エルフたちの絶望を理解できてしまった。
そこに、巨大な、〈虫〉がいた。
全体としては蜘蛛のフォルムに近い。黒紫色の装甲に覆われた肢が八本、八方に伸びている。それらの中心には、無機物と有機物のグロテスクなまでに緻密な融合物があった。
それを総十郎の感性で表現するなら――人間の、胎児に似ていた。
四肢のない胎児の周囲に、昆虫のような節足が存在しているのだ。黒紫の装甲に包まれた頭部と思しき場所の中心に、縦に裂けた口、のようなものがあり、恐らく口吻であろうものがわずかに見え隠れしていた。頭頂部をぐるりと囲む位置から、幾本か青黒い触手が生え、その先端には何らかの感覚器官と思われる脂肪質の塊が実っている。頭部の後ろにある胴体部分は、芋虫のように節に分かれた構造を持ち、ひとつひとつの節に分離した装甲が張り付いていた。
そして――胎児は、浮遊していた。
その巨体を支えるものなどまったく見当たらない。周りにある八本の節足たちとは、物理的に分離している。にもかかわらず、それは空中のいち座標にしっかりと固定され、ぐらつく様子もない。そして、節足の動きと連動して動き、揺れ、向きを変えていた。何らかの超常的な原理で連結されているようだ。
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