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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #90

  目次

 小さな手が震えながら差し出してきたソレ、は……
「ブローチ?」
 アーカロトは眉をひそめながら受け取る。
「ふ……くに……っ」
「ついていたの?」
 こくん、と苦し気に頷くシアラ。
 つまり、つけた覚えのないブローチがなぜかついていた、と。
 黄金の花を模した、繊細なつくりだ。
 そして――アーカロトの手の中で、ブローチが震え、音声を発した。
《その声はお前だね? クソガキ。さっさと頭のゆるい小娘から代わりな》
「……ギド」
 思わず眉目が険しくなる。
「どうやって通信を確立しているんだ。荷電粒子砲の電磁波が乱舞しているこの状況下で音声を送るなんて――」
《どうでもいいことを気にするんだね。お前が惰眠こいてる七千年の間に、人類はただ衰退するに任せてたってわけじゃねえんだよ。お前は全知でも何でもないってことを自覚しな》
 はぐらかした。何らかの機密に属する技術か。
「それで、何の用だ」
《役満ビッチが本当のところどこにいるのか、知りたくはないかい?》
「もったいぶった交渉はやめてくれ。あなたの計画のために動いているんだ。速やかな情報の開示を求む」
《クク、いいともいいとも。今からアタシの言うとおりに動きな。勢い余って役満ビッチを殺すんじゃないよ?》

 ●

 アメリは――正確にはアメリのクローンの中で選ばれた個体は、いら立っていた。
 自らの罪業場は問題なく展開され、他者の区別を根本的につかなくさせている。
 アメリの目からすると、黒き巨神が数十機いるように見えるが、もちろん本物はこのうちひとつだけだ。識別は簡単である。甲零式の無数の手による動作言語のコマンドに従わない奴が敵だ。
 〈教団〉は、アメリの権威を傘に立て、機動牢獄以外の罪業駆動兵器を完成させていた。〈法務院〉が駆る正式な機動牢獄のどの型番にも当てはまらない機体構造をしている。
 甲零式から照射されるマイクロ波によって動力を送電され駆動する、自律機動兵器群――サハスラブジャ。罪なき敬虔な信徒の中から志願してきた者の脳髄を中枢演算機として活用し、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変な運用を可能とする。
 だが、それらによる一斉射撃がまるで効果を上げていない。焦げ目すらついていない。サハスラブジャの荷電粒子砲は、アメリの罪業が根本動力源である以上、この世界に現存する直射兵器の中でも間違いなく最強の出力を誇る。天地を穿つ裁きの極光だ。
 それがまるで効かない。つまり、なんだ? どういうことだ? これは、なんだ?
 だが、茫洋としたアメリの意識は、すぐに疑問を抱いたことを忘れた。撃てばいい。それですべて解決するだろう。
 状況対応能力の欠如。
 大丈夫、敵はいまだにこちらの位置を特定できていない。できるはずもない。このまま火力を叩き込み続ければ――
 ふと。
 黒紫に光る甲冑を纏った竜人が、その手をこちらに向けた。
 五指を揃え、肩から腕まで一直線に伸ばされる。その鉤爪の生えた指先に、何色と称すればいいのかわからない異次元の色彩・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・が宿った瞬間、猛烈な危機感に襲われたアメリは即座に横移動。
 人類の動体視力をはるかに超える速度で伸びてきた闇刃が、甲零式の左側から伸びた多腕を一瞬にして切断した。

【続く】

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