絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #71
ガラスを引っ掻くような高周波が、〈美〉セフィラ全域を劈いた。
アメリの顔を模した探査/捕縛ユニットたちが、そこかしこで一斉に絶叫を放っているのだ。
アーカロトは思わず耳を塞ぐ。
言語の体をなさない支離滅裂な叫喚。
見ると、遥か上空の甲零式が結印を解き、全体を傾がせている。高度が維持できていない。徐々に落下していた。無数の腕が無秩序に蠢いている。
大気を満たす嗚咽が、次第に濁っていった。
腺病質の子供の癇癪めいた、憎しみと怯えが絡まり合った叫び。
喚きと呻きと嘆きに埋もれて、なんで、という言葉だけが何度も浮上してくる。無数のアメリが、無数になんでを繰り返す。
やがて、天に浮かぶ異形の大樹は枝葉を苛立たし気に動かす。無数の腕が、無数の動作を連続する。
なぜかアーカロトは、寒気を覚えた。
その動作に込められた意味。理解はできないが、しかし何か途方もない危機感を募らせる。
肩を肘で叩かれた。
デイルが両耳を塞ぎながら顎で一方を示す。
そこに――何かが膨れ上がっていた。
道路の舗装を突き破って、肉の腫瘍が脈動と痙攣を繰り返しながら肥大化している。それは見る間に腕や足や乳房や頭を生やし、絶叫を上げながら身をもたげた。
人体の、醜悪なカリカチュア。ひとつひとつのパーツは女性らしい曲線美を描いていたが、数が多すぎ、配置がでたらめだった。
八本の美しい足で体重を支え、無数の豊かな乳房を揺らし、全方位に放射状に開いた口から絶叫を放ち、足の間からのぞくアメリの顔は止めどなく涙を流し、その口にあたる部分には女陰があった。体の上部からは枝分かれした長大な腕が三本伸びている。
吐き気をこらえた。
それは一体ではない。街路の至る場所から、同様の肉腫が膨れ上がり、それぞれ出鱈目な造形の怪物が産声を上げている。
目の前の肉虫は、生理的嫌悪を覚えるほどの速度で八本の足を動かし、こちらに向けて急速肉薄。
泣き叫びながら一抱えもある拳を振り下ろしてくる。
アーカロトとデイルは左右に跳んで回避。
アスファルトが爆砕し、礫が全身を打つ。
着地と同時に、振動を感じた。
見るとデイルが着地ざまに震脚を打ち込み、地面を割り砕いている。
一瞬、ぐっと身を撓めたのち、刀を抜き打つようなフォームで拳銃を繰り出した。ヴン、と赤熱する銃身から、黄金の勁気を帯びた弾丸が撃ち放たれる。その壮絶な咆哮が衝撃波として肌に当たってくる。
肉虫は、自分と同じサイズの鉄球が激突してきたかのように球状に歪み、歪み、やがてその圧に耐え切れなくなって破裂。赤い霧と化して爆散した。肉のこま切れと臓物がばしゃばしゃと地面を打つ。
勁力を絞らず、広範囲に衝撃を与えている。装甲化されていない巨大生物相手にはあきれるほど有効な功夫だった。
それはいいのだが、周囲を見回すと、どこを見ても肉虫が湧いて出てきて暴れ狂っている。
まさか、セフィラ全域で――?
いや、仮にそうだとしても、基準界面下に待機させている絶罪支援機動ユニットを全機展開すれば瞬時に殲滅できるだろう。
そう――思っていた。
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