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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #74
――よく聞きなさい。きっと私は、最後までお前と一緒にいることはできない。いずれはここを出て、蟲毒のごとき外界で生きなければならない日が来る。だけどそのとき、お前は決して他者を慈しむ心をなくしてはいけない。
ちいさなこぶしを、ぎゅっと握る。
耐えられないほど耳を聾する叫喚の中で、シアラはしかし、目に見える情報だけに意識を集中していた。
「ゼグさま……みしらぬかたがた……」
窓から、彼らの絶望的な奮闘をじっと見下ろす。
眩い銃火が瞬き、手榴弾や噴進弾の爆炎が目を苛む。
だが、決して、シアラは目を離さなかった。
――お前は他の子供とは違う。心から微笑みなさい。たとえ罵声しか返ってこなくとも。寂しく悲しむ子供を見たら、駆け寄って抱きしめなさい。たとえ噛みつかれ、殴られようと。路傍で死のうとしている者がいたら、そばに寄り添ってその手を握りなさい。たとえ死病をうつされようと。
たとえ無意味でも。たとえ無価値でも。
彼ら自身、それを骨身にしみてわかっていても。
それでも。
吠え猛りながら機関銃を乱射するゼグの横顔を、その凄愴な面持ちを見ていると、シアラは涙が溢れそうになってしまう。
――みんな、しんでしまう。おじいさまのように。
シアラの左右で、他の子供たちも成すすべとてなく階下の死闘を見ていることしかできなかった。
――私がお前にしたように、お前は誰かに愛を与えなさい。愛を説きなさい。たとえそれが、お前の幸福に繋がらなくとも。たとえそのせいで、命を落とそうと。たとえなにひとつ、報われることなかろうと。
その言葉が脳裏に去来したとき、シアラは目を見開いた。
肉虫の巨大な腕が、ついに装甲服をまとった戦士の一人を薙ぎ払い、吹き飛ばした。メタルセルの壁に打ち付けられ、崩れ落ちる男。装甲の隙間から圧搾された血肉が溢れ出す。直後に肉虫は血煙に包まれるが、後から後から別の個体が押し寄せてくる。
後ろ手にゼグを突き飛ばした戦士は、直後に振り下ろされた血まみれの巨拳に叩き潰され、金属と肉片の混交物へと変えさしめられた。そのさまを、尻餅をついたついたゼグが目を真円に開いて見ている。
その顔が憤怒に歪むのを見届けることなく、シアラは踵を返した。
階段を駆け下り、外への扉を開け放つ。
誰がどう見ても無謀な行動。
だが――シアラは躊躇わなかった。
ゼグが目を剥いて何かを言ってきたが、何も聞こえなかった。
バカとか戻れとか、たぶんそんなようなことだろう。
シアラは躊躇わなかった。
おじいさまは、泣く子をあやすのに、躊躇えなんて一度も言わなかった。
そこにいるのだ。
痛い。寂しい。悲しい。
そう訴えて泣く子が。
両腕を広げ、しかと立つ。
「どうか――」
言の葉を放つ。届くと確信して。
「どうか、なかないで」
その声は、ひどく透明で、耐えられないほどの慈しみとともに、染み入るように世界へと広がっていった。
叫喚が、止んでいたから。
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