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献身と共栄
物思いに沈む美しい横顔をちらと見て、フィンは考える。
意志持つ森に守られて、エルフたちは静かで豊かで満ち足りた暮らしをしている。それは、変化もなく退屈な生ではあるかもしれないが、しかし紛れもなく素晴らしい恩恵である。
――貴族は民を守るけど、民に守られてもいる。一方通行じゃないの。互いが互いを守ってる。だからオブスキュア王国は一万年も続いたんだと思う。
シャーリィ殿下の言葉が思い出される。
貴族と平民の関係がそうであるように、エルフと森の関係も、そうなのだろうか?
糧と、安全と、転移の力を得る代わりに、エルフたちが森に対して差し出したものとは何だろう?
そこには何か、この自分の在り方にも通ずる気付きがあるのではないか?
「リーネどの」
「はい?」
のしかかってくるおっぱいの重みに逆らい、フィンは顔を上げた。しかし二人の視線が合わさることはない。徒労に首が軋む。
「……そ、そもそも、森とエルフの絆は、どのようにして始まったのでありますか? 森はなぜ、エルフの方々にそこまで友好的なのでしょう?」
「そうですね……それを語るのは長くなりますが、要約すればエルフはそもそも神代の森に生み出された存在なのです。つまり、森にとっては我が子にあたる。親が子を守るのに、理由は必要ではないでしょう?」
「では、森は見返りも求めずエルフを守っているのでありますねっ」
声に喜色が混じる。
安堵、と言っても良い。
無私の、奉仕。
それは、フィンの理想とする在り方に近い。シャーリィ殿下やソーチャンどのは、「そんな在り方はダメだ」と言うが、しかしこれだけがセツ人の滅亡を瀬戸際で押しとどめ続けてきた崇高なる戦士の魂なのだ。
「あー、いや、最初はそうだったようなのですが、ほどなくエルフの方から「守られるばかりでなく、我々も何かしたい」と言い始めたようです」
「え……」
「それを受けて、森は我々にふたつのことを求めました。まぁ、森が与えてくれるかけがえのない恩寵に比べれば、なんとも些細な負担ですが」
「ふたつ、とは」
「ひとつめは、体内で生成される魔力を提供すること。樹に手を触れ、森の意志と繋がることで、自らの魔力を森に還元するわけですね。森はこの力で、さらなる恵みを育むことが可能になるわけです」
「興味深いな。して、もうひとつはなんであるか?」
「えっ、ええと、それはあの、その……」
急にリーネがしどろもどろになった。
「? どうされたでありますか?」
「ああ、いや、その、まぁ、それはいいじゃないですかっ」
「ええ……」
「とにかくっ! 我々エルフも、森の一員として、その繁栄に寄与しているわけなのですっ!」
「そう、なのでありますか……」
フィンは、なんだか疎外感を感じた。おっぱいの重みに負けて、うつむく。
この大いなる森ですら、無償の奉仕はしないのか。
見返りを求めず守ることは、そんなに条理に反したことなのだろうか。
「わたしは、祖先たちのこの決断を尊敬していますが、同時に共感もしています」
「と、言うと……?」
「守られるだけ、というのは、時として実際に傷を負うよりもつらいのです」
フィンは、目を見開いた。
「つらい?」
「はい。たとえば、もしフィンどのが、わたしのために身を削ったり、傷ついたりしたら、わたしはとてもつらい」
どきりと、心臓が跳ねる。
彼女は、銀環宇宙のことを知っているのか?
「そうはいっても、わたしは全能ならざる身です。生きていれば時としてそういうこともあるでしょう。しかし、もしも普段から相手のために何か役に立てていたのだとしたら、相手が自分のせいで負担を負ったとしても、その痛みに耐えることができる。そして、共に頑張ろうという気持ちになれるのです。太古の先祖たちも、きっと同じ気持ちだったのだと思います」
つらい。
その一言は、思いもしなかった。
守ることだけを考え続けていた。どうやって守るか、と、それだけを、ただひたすら。
守られる側がどう感じるか、などと、一度たりとも考えたことがなかった。
「つらい、のでありますか……」
「はい」
「自分が傷つくよりも?」
「はい」
「泣いちゃうほどに、でありますか?」
「はい、泣いちゃいます」
だとしたら。
自分は、どうすればいいんだろう?
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