絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #4
〈無限蛇〉と呼ばれるものがある。
大型の自動生産プラントと、浮遊する立方体めいた自動構築機械によって構成される、生産/建造/環境改変システムの総称である。失楽園以前から残り、現存人類の手では整備はおろか分解すらできなくなった聖遺物のひとつだ。
否――「残る」という表現は正確ではない。かつて地上で人類の暮らしを支えたこれらのシステム群と同一個体のものは、ひとつたりとも生き残ってはいないのだから。七千年の時の流れの中で、当たり前に錆び、朽ち、風化し、崩れ去っていったのだから。
だが、〈無限蛇〉が有する、とある思考ルーチンが、システム群を忘却の彼方に押しやることを防いだ。
特に何の指令も与えられていない時、自動生産プラントは自動構築機械を大量生産し、生産された自動構築機械たちは周囲の資材を加工して別の自動生産プラントを構築する。この果てしない繰り返しが機体数を自乗倍に膨れ上がらせ、理論上は地球全土を生産プラントで覆い尽くすのにひと月もかからないと言われていた。
神代の人間は、この一瞬にして地球環境を滅ぼしかねないほどの生産性を持つシステムを恐れ、ひとつのセーフティをその論理回路に組み込んだ。遺伝子の中に特定の塩基配列を持つ人間によって起動指令を入力されない限り、〈無限蛇〉の活動は七十二時間で自動的にシャットダウンされるのだ。
かかる起動遺伝子を有する一族が、現在では「青き血脈」として〈法務院〉の支配階級に収まっている一派であり――シアラ・ニックアントム・ヴァルデスの生家であった。
●
罪業駆動式直結車両の内部は、重苦しい空気に包まれていた。
「た、隊長……」
部下の一人が、脂汗の浮き出る顔を向けてきた。
「黙ってろ」
ヴァシムはにべもない。
憶する気持ちがまったくないかと言えば、もちろん嘘になる。罪業が尊ばれるとはいえ、さすがに「青き血脈」に狼藉を働いて看過などされるはずがない。〈法務院〉は乙式機動牢獄の粛清部隊を投入してヴァシムらにしかるべき報いを与えるであろう。
だが。
――これは、あるいはチャンスかも知れねえ。
メタルセルに包み込まれたこの世界の恵みを司る神たる〈無限蛇〉。その宸襟を安んじ奉る権能を授かった巫女の一族――ヴァルデス家。言うまでもなく神聖にして不可侵なる志尊の貴顕である。彼らに牙を剥くことは、あらゆる人間が認める絶対的な悪であり――いったいどれほどの罪業をもたらしてくれるのやら想像もつかない。
瞬間――ふんぞり返るヴァシムの脇腹に、銃口が押し付けられた。
「隊長……車を止めてください。いままであんたに従ってきたが、さすがに今回ばかりは付き合えない」
部下の一人が、小声で言った。
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。