登頂不可能豊麗
「あゝ、フィンくん、少し失敬。」
長い腕が伸びてきて、フィンの腰に張り付く濡れた下履きをつまんだ。
するとたちまち下着が消失した。ばしゃり、とフィンの周りに少量の水が落下する。
トランクスの消滅と同時に、布地が吸い込んでいた水分だけが取り残されて落ちたのだ。
ソーチャンどのの手には、一枚の札がある。青年が手首を利かせてそれを打ち振るうと、一瞬で乾いたトランクスに変化した。
「おぉー」
すっぽんぽんのフィンは目を丸くする。
「便利でありますね」
「しばらく使うとよい。」
「ありがとうございます!」
いそいそと着込む。
見ると、シャーリィ殿下はリーネに着付けを手伝ってもらっている。さすがお姫様というか、着替えを委ね慣れていた。白地に戯画的な蔓の紋様が染め込まれた優雅なドレスであった。相変わらず肩は剥き出しだ。こだわりがあるのだろうか。
それから、薄くて平べったい焼き菓子(レンバスと言うらしい)で小腹を満たした一行は、再び出発することにした。
「ではフィンどの、参りましょう!」
「え゛」
にっこりと鞍の上から手を差し伸ばしてくる女騎士に、フィンは顔をひきつらせた。
首筋の痛みが蘇ってきた。
「? どうされました?」
「ああ……えと……」
「リーネどの、再び組み合わせを変えてみよう。さきほど確認してみたが、殿下も乗馬は問題ないとおっしゃっておる。」
「ええ、確かにそうです。では、どのように?」
総十郎は、不思議な愛嬌のある微笑を浮かべた。
「小生と相乗りと行こうではないか。」
「ひゅいっ!?」
変な声を上げてリーネは顔を赤くした。
「だ、だだだだめですよそんなのっ!」
「おやおや、なにゆえであるかな? 小生傷ついてしまったぞ。」
「だ、だ、だってそんな、そんなの、はずかしぃし……」
肩を縮こませて、人差し指同士を突っつき合わせる。
「はい! はいはいはーい!!!! じゃ俺! 俺にしとこうぜ乳ゴリラ!!!!」
「キサマは論外だッ!! だいたい、さ、触る気だろう!! これ幸いにと!!」
「たりめえだろうが!!!! なに当たり前のこと言ってんだ!!!! ナメんな!!!!」
「せめて否定をしろッ!!」
「では、決まりであるな。」
ひょいと軽やかに、総十郎はラズリに打ち跨る。
「ひゃあっ!」
「リーネどの、少し前に詰めていたゞけると。」
「はわわ……」
まるで逃れるように、鞍の前側に寄る。
「たずなは小生が握ろう。ラズリ氏よ、よろしく頼む。」
「おいガキ! ガキ! ちょ、見ろ!! アレ!!」
「ほえ?」
烈火にぐいを肩を引かれ、フィンは彼が指さす方を見た。
リーネが総十郎の前で、借りてきた猫のようにうつむいている。
鞍の前の取っ手を両手で握りしめていた。両の上腕に挟まれて、アンバランスなまでに大きい乳房がむにゅりと形を変えていた。元から大きく前方に張り出していたものが、左右から圧迫を受けることで、もはや登攀者を絶望させる過酷極まりないオーバーハングの様相を呈していた。ジヴラシア=サンでもあれは無理だ。
「すげくね!? ヤバくね!? もはや神々しいわ!!!! 崇拝っ…! 圧倒的崇拝っ…!」
「お、恐ろしい、恐ろしい眺めであります……」
手を合わせる烈火の横で、あの暴威が再びこの身を襲うことがないようフィンは手を組んで祈った。わりと必死に。
しかしこの世界で、祈りが神に届くのかはわからなかった。
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