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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #85

  目次

 ゆっくりと、黒き巨神は降下してくる。
 人々は、ただその存在圧に慄く。
 視覚から受ける情報量の多さに、脳の処理が追い付かない。グロテスクにして細密な狂気と美意識の集合体。
 次いで、アンタゴニアスの周囲の空間にぽつぽつと小さな波紋が生じ――そこかしこから無数の絶罪支援機動ユニットが実体化。こちらも黒紫の罪業場を放射状に展開し、アンタゴニアスが形成する曼荼羅構造に集会しゅうえする。
 それらを従える本尊の、踵が浮き上がって第三の関節と化している脚部がメタルセルの床に触れ、規格外の巨体からすれば何かの間違いかと思うほどわずかな地響きとともに着地した。
 そうして、アンタゴニアスの全身の可動部が遠雷のごとき轟きとともに折り曲げられ、なめらかに跪く。
 アーカロトの前に。
 片膝をつく。
 圧倒的質量の接近に、鈍い風圧がその場の全員の髪と衣服をなぶっていった。周囲の人々は畏れのままに後ずさる。
「――シアラ」
「は……はひ……」
「命を捧げると言ったね」
「……はいですわっ!」
「では、君の一生を貰おう」
 手を差し伸ばす。
「来てほしい」
 シアラは、居住まいを正し、決然と手を握った。
「はいっ! ふつつかものですが、よろしくおねがいしますですわっ!」
「おい、お前らそれは……」
 ゼグが何かを言いかけるが、微妙な表情で取りやめた。
 今のやり取りに別の意味を感じ取るには、当事者の片方は枯れ過ぎ、片方は幼過ぎた。
 やがて――手を繋ぐ二人の立つ足元が、音もなく迫り上がってゆく。
 アンタゴニアスの大罪神理権限アブソリュート・オーソリティ。メタルセル構造への無制限の命令権。同一規格・同一構造のナノセル群が自在に組み変わることで、固体にも液体にもなることができる。この世界はアンタゴニアスの体内も同然であった。
「み、御子よ、どちらへ!?」
「みなさまのえがおをまもるため、わたくし、たたかいますわっ!」
 急速に離れてゆく地表で、聖戦士たちや付近住民らが不安げにこちらを見上げていた。
「また、戻ってきていただけますか? 我々にはまだ、あなたの導きが必要です!」
 シアラは、目を輝かせた。愛を与え、愛を返される。それはなんて素敵で奇跡的なことだろう。
「はいっ! すぐに、すぐにもどりますわっ!」
「ゼグ。君は皆に避難を促してくれ。これから始まるのはここ数千年絶えてなかった規模の戦いだ。途轍もない余波が来る。なるべく多くの人を〈教団〉総本山付近から退避させるんだ」
「わーったよ! てめーもしくじんなよ!」
「ばいばーい!」
「いてら~!」
 元気よく手を振る子供たちに、シアラは思い切り手を振り返した。
 やがて、隆起したメタルセルはアンタゴニアスの胸部装甲の前に至る。
 黒き甲殻に切れ目が走り、圧縮された空気が噴き出すと、花開くように展開。腔腸生物の捕食口を思わせる内部構造を露わにする。
 シアラは思わずアーカロトの腕に抱き着く。だが――どこかでほっとするような、たまらないほど懐かしいような匂いに包まれ、気持ちが落ち着いてくる。
 触手と襞をかきわけて、楕円形の棺が二人の前に迫り出てきた。

【続く】

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