かいぶつのうまれたひ #5
タグトゥマダークはずんずんとこちらに向かってくる。
「むっ」
篤は身構える。
タグトゥマダークは明らかに篤ひとりを見据えていた。
「問い1:あなたの名前はなんですか?」
頭にタンポポ咲いていそうな微笑みを浮かべつつ、そんなことを言った。
――問われたならば、応えるか。
第一印象はともかく、礼儀として。
「応えて曰く:諏訪原篤である」
「問い2:そのウサ耳はなんですか?」
「応えて曰く:俺にもわからぬ」
「問い3:心当たりもない?」
「応えて曰く:日ごろの鍛錬の成果だと考えている」
「問い4:どうして世界から争いはなくならないの?」
「応えて曰く:人には平和を求める心が確かにある。未開の時代に比べれば、確実に悲惨な出来事は少なくなった。俺たちはもっとそのことを誇ってよい」
「問い5:愛って何?」
「応えて曰く:この世を形作る引力のようなものだと俺は考える」
「問い6:今日のおパンツ何色?」
「応えて曰く:紺色のトランクスである」
「問い7:まさか答えるとは思わなかったよ」
「応えて曰く:そうか」
「問い8:ていうか黙秘してよ。この世の誰もそんな情報知りたくないよ」
「応えて曰く:そうか」
「問い9:まぁそれはそれとして死ね」
「応えて曰く:受けて立とう」
篤とタグトゥマダークは弾かれたように互いから間合いを取った。
「何なのこいつら!」
攻牙が頭を抱える。
「す、諏訪原センパイはトランクス派でごわすか……フンドシかと思ってたでごわす……」
「お前も何を赤くなってんだ!」
攻牙の叫びを背に、篤は右手を横に突き出した。
見えざる空間に突き込まれ、肘から先が切り落とされたかのように見えなくなっている。
「顎門を開け――『姫川病……!?」
バス停を取り出そうとする腕が、掴まれた。
制服の、袖口あたりを。
「なんていうかさぁ、バカみたいなんだよねぇ」
タグトゥマダークは溜息をついた。
篤の間近であった。息がかかりそうなほどの、至近距離。
瞠目する。
――いつの間に……
「ひゅーん、ばりばりばり~、どっかーん! やめない? そういうの。カッコよくもなんともないっていうかぁ、ぶっちゃけうっとおしいんだよね」
やれやれ、と。
肩をすくめながら。
「こういうのは華々しかったり派手だったりしちゃダメなんだよ。もっとこう、静かで、惨めで、陰湿であるべきだ」
タグトゥマダークは、相変わらず虫も殺さない笑顔で。
そんな笑顔のままで。
「――殺し合いって、そういうものだろ?」
ささやかな風が吹いた。
髪をわずかに揺らす程度の、どうということもない空気の流れ。
だが――
ずぶり、と、異音。
●
篤だけが、その音を聴いた。思い知った。
喉に指がめり込んでいる。
二本の指が、三センチほどの間隔を置いて、篤の喉に突き入れられている。それはまるで、喉仏を掴み取ろうとしているような位置だった。
「いっ」
気道が圧迫される。呼吸不可能。
「簡単だよね。人間はこうすればすぐ死ぬんだ。バス停なんか非効率的だよ」
篤はバス停を引き抜いて振り払おうとしたが、界面下に突っ込んだ腕を掴まれて一切動かせない。
刀に例えるなら、柄頭を押さえられてしまったようなものだ。
「このまま喉を握り潰そうか? それとも窒息するまで待つ? 好きなほうを選びなよ。どうせしゃべれないだろうけど」
視界が黒く塗り潰されてゆく。肺の中に残った空気が、外に出ようと暴れまわる。
――どちらも断る。
篤は自由になっている左手を握り締め、敵の顔面に向けて打ち込んだ。
「ま、そうなるよね」
喉にめり込んでいた指が引き抜かれ、ほぼ同時に篤の拳が受け止められた。
咳き込みながら、その事実を識る。
「左手が自由なら、普通そうするよね。正しい判断だ」
退屈そうに、タグトゥマダークは呟いた。
「――じゃあ死ね」
左腕が、捻られる。
手首、肘、肩の関節が異様な方向へ捩じられ、みしみしと軋んだ。
「んっ」
たまらず、篤はつんのめるように体を曲げ、捩じれを逃がした。
頭が前に出る。
前に出る。
その先には、この世ならざる空間への出入り口がある。
見えないが、確かに存在する。
今しがた自分で開いたものだ。バス停『姫川病院前』を引き抜くために右腕を突っ込み、しかしタグトゥマダークに腕を掴まれて動かせなくなっているため、今も開きっぱなしだ。
次の瞬間、篤の頭部は、異空間へと没入した。させられた。
まるで、水中へ顔を浸したかのように。
視界一面に、混沌とした世界が広がった。無数の色彩が乱舞する万華鏡のごとき眺めだ。
無限の広がりを持つ空間に、さまざまな色や形が見え隠れしている。
それらは時に炎のようであり、時に水の流れのようであり、時に散りばめられた星屑のようでもあった。魚のような蒼い煌めきが群れを作って泳いだかと思えば、捻じくれた樹上組織が早回しで形作られ、その背景には山のような巨大な影が一瞬現れてはすぐに消えた。紫の炎が海草のように揺らめき、蛍光色の花火が乱れ飛んで次々と散華していた。
視覚化された〈BUS〉の流動。