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猥褻は一切ない

  目次

 絹を裂くような悲鳴が飛んできた時、烈火はでかい鳥っぽい生き物の丸焼きに噛り付いていた。

「んあー?」

 パリパリに揚げ焼かれた表皮と肉汁たっぷりの身をリスみてーに口いっぱいに頬張っていると、にわかに辺りが騒然とし始めたのだ。

「騒がしいですな。もしやオークの残党か?」
「向かうとするか。レッカどのはそのままおくつろぎあれ」

 騎士たちは足早に出て行った。

「いまのって、悲鳴? こわーい……」

 腕にくっついてるモヒカンが、さらにぎゅーっと力を込めて抱きついてきた。目を閉ざして、その柔らかい感触だけを味わう。

 ――C……いや、Dカップはあるなコレ。おっほ、ひょっとしてノーブラか!? ノーブラなのかこれェ!!!

 恐らく麻の衣服を着ているようだが、餅のような触感の中に少し硬いものが埋まっている!! 乳品評に余念なし!! これはアレか!! エルフはブラとかつける文化がない感じのアレか!! マジか!! 天国か!!
 しかしちょっと待ってほしい。ということはリーネ・シュネービッチェンもノーブラということか? ブラなしであのクソでかパイオツの砲弾型を維持できるものなのか? ボブはいぶかしんだ。
 エルフの乳にはまだまだ謎が多い。烈火はじゅんしんながくじゅつてききょうみに従って必ずやこの秘密を解き明かそうと決意するのであった。

「ねーレッカさま……またオークが来たら守ってくれる……?」
「おー、まかせろまかせろ。マジオークとか余裕っすわ。ノーダメ安定! オーク絶滅RTA! たぶんこれが一番早いと思います!」
「ほんと? えへへ、よかったー」
「ねー?」
「ねー?」

 心底安堵した様子で頷き合っている。

「……あのー、ちょっと思ったんだけどお前らってちょっと簡単に人を信じすぎじゃね?」
「えー、そうかな?」
「そうだよ! 普通もうちょい警戒するぞ!? お前こんな正体不明見ず知らずのパーフェクトマッシヴ超天才に不要ににくっつきすぎだろ!! なんなの? どうすればいいの? 押し倒せばいいの!?」
「えー、わたしたち押し倒されちゃう?」
「こわーい♪」

 お前ら悩みとかないのか。
 能天気にクスクス笑い合っている。どいつもこいつもぜんぜん危機感がない。エルフの貞操観念もなんだかよくわからないのであった。
 まぁ、いくら許容されようがモヒカンはないわ。マジでない。

 ――瞬間、轟音が響き渡った。

 次いで、何か巨大な生物の金切り声のようなものが腹の底に轟く。

「ワッザ!?」

 さすがにこれはスルーできない。
 烈火は跳ね起きると、戸口から外へ顔を出した。
 そこには、なんだかよくわからないモノがいた。
 姿の詳細な描写をするには烈火の知能が足りないので省略!!
 とりあえず、すげーでかい。あとキモい。

「なん……じゃありゃあ」
「む、〈虫〉……! うそ、なんで……!」

 すぐ後ろで、モヒカンの一人が愕然とした声を出した。他のモヒカンどもも息を呑んでいる。
 オークの話をしていた時とはまるで異なる、恐怖に満ちた沈黙が垂れ込めた。

「むしぃ?」

 まぁ、フォルムは蜘蛛っぽいけど。
 とうかアレは……なんだ? 人工物なのか? 生物なのか? 色は青黒い感じだ。少なくとも食欲はそそられない。
 さっき出ていった三人の騎士が素早く蜘蛛に駆けよっていく。首元に手をやると、そこから光沢のある液体っぽいものがぶわっと広がって全身を包み、一瞬にしてシャープな輪郭の甲冑を形作った。
 一人はモヒカンどもの避難誘導を行い、残る二人が蜘蛛と対峙する。その手にはぼんやりと光る剣が出現していた。

「レッカさま、今のうちに逃げて!」
「はぁ?」
「あれは、正体は誰にもわかんないんだけど、とにかく硬くて、何やっても傷一つつかなかったらしいの。それに――あれは、なんだか、うまく言えないんだけどすごくよくないものだと思う」

 それは、まぁ、わかる。何が言いたいかはなんとなくわかる。
 周囲の雰囲気と比べて、明らかに異質なのだ。まるで、写真の切り抜きをそこに張り付けたかのような、齟齬を感じた。
 存在の、質の、果てしない断絶。
 だが烈火はそんなふうに小難しく考えることなく、「なんかきめぇ、すげぇきめぇ」という単純な感想を抱いただけだった。

「オークを追い払ってくれてありがとう。ほら、ここはまだ見つかってないから、逃げて?」

 少し震えながら、モヒカンどもがこちらを見上げている。その眼は不安と恐れで揺れているが、こちらを思いやる心だけは明確に伝わってくる。

 ――いやいやいやいやちょっと待てお前らこの状況でまずやることが俺の心配とかおかしいだろどんだけ人がいいのこいつらちょっと心配になってくるレベルだぞ大丈夫なの? いつか悪い男に騙されるぞこれいくらなんでもカモすぎる!

 度を越した善良さにドン引きする烈火。
 ここ多分中世ファンタジー世界だろ? こんな無垢さでよく今まで生き残ってこれたなこいつら。無防備・無警戒にもほどがある。

【続く】

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