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ケイネス先生の聖杯戦争 第六局面
――何故、こんなことに。
ディルムッドは口を波線状にむにゃむにゃさせながら、今生の主の魔術講義を拝聴していた。
生前において、魔術呪術のたぐいに手を出したことはなかった。そのようなものに頼ることは、騎士としてはいささか似つかわしくないと考えていたから。
とはいえ、聖約として誓ったからには、もちろん「魔術を修めろ」という命令にも躊躇なく従うつもりでいる。
それはいい。そこはいいのだ。
問題なのはそこではない。
「なぜ……」
つい口に出る。
とたん、隣の席に座っていた降霊科の男子生徒が、好奇と怪訝の入り混じった視線を向けてくる。
周囲をひそひそとした喋り声がさざ波のように広がった。朗々としたケイネス・エルメロイ・アーチボルトの講義のあわいを縫うように、講堂の全生徒からチラチラと盗み見るような視線がディルムッドに集中している。
板書される「全体基礎」の概論を機械的にノートに写しながら、ディルムッドは中央に寄りそうになる眉を定位置に維持するのに苦心していた。
――我が主よ、なぜ一般の学徒と席を同じくせねばならないのですか。
どう考えても無用な注目を集めるに決まっているではないか。自分はサーヴァント。この世のものではない。現世のよしなしごとに深く関わるべきではないのだ。
もちろん、事前にその旨は主に陳情した。だが帰って来た答えは無情であった。
――私は鉱石科の学長として、降霊科の講師として、多忙な身だ。お前ひとりのためにわざわざ個人講義などしてやれるほど暇ではない。
ではせめて霊体化した状態で教えを拝聴したい、と返せば、
――貴様、このロード・エルメロイの講義に対してノートも取らんつもりか? つまり「魔術を修めろ」という私の命令を誠実に実行するつもりがないと?
ペンを持ち筆記を行うには実体化の必要があるのは確かである。だが、いや、しかし。
何も言い返せず、その場は引き下がるしかなかった。
ともかく、ディルムッドの184センチメートルの優美な長身は、ほぼ全員が未成年者である学び舎において強烈に目立っていた。一応、自前の戦装束ではなく、当世風のスーツに着替えてはいるが――まるで花が揺れ蝶が舞う草原の只中にいきなり巨大なビルディングが屹立しているような、違和感しかない情景である。
扇状に広がり、教壇に向かって傾斜してゆくタイプの講堂ゆえに、後ろの生徒の学業を邪魔せずに済むのは不幸中の幸いだったが、ディルムッドにとっては特に何の慰めにもならなかった。
この場の少年少女らは、卵とはいえ魔術のエリートたちである。聖杯戦争の何たるかも理解しているはずだ。ロード・エルメロイがいきなり連れて来た男の正体について、察している者が大半であろう。
――ええい、とにかく集中だ。
左右や後ろの視線から強引に意識をそらし、マスターへ目を向ける。
伸びやかで深い声が、魔術の根幹をなす等価交換の原則について論じている。
有を、また別の形の有へと変換する術こそが魔術であり、無から有は生まれ得ないという。
その原則、というか、それを当然の前提とする思想、文化に、ディルムッドは漠然とした反感を抱いた。
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