絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #76
「……かっ……っ……」
意識が遠のく。体の中で何かの圧力が際限なく高まるような、切迫した感覚。
息ができない。
動脈と静脈が閉塞し、視界が赤く、黒く染まってゆく。
シアラは驚き、そして受け入れた。
自らの頸に絡みつく、この手の感触が、悪意や敵意によるものではないとわかったから。
首の絞め方に、愛があったから。
――いいの。
シアラは、その苦悶を、受け入れた。
かまわず彼女に抱き着き、負けぬほど力を込めて抱きしめる。おへそに顔をうずめる。
意識が暗転する。
――いいの。うれしい。いいの。
肉体が、この致命的事態から逃れようと動くのを、シアラは押さえつけた。
愛を伝え、愛を返される。
それがどれほど幸福なことか、今ではもうわかっているから。
そのために死んでしまうというのは、もちろんシアラにとっても軽いことではなかったが、愛を交換する代償がそれだというのなら、躊躇うつもりはなかった。
むしろそうすることで、愛の価値をより感じられると思ったから。
――ね? しあわせですわね?
言葉もなく、語り掛ける。
――うれしくて、あったかいの。
彼女の体温と匂いを受け止めようと、頬ずりする。
受け入れられず、寂しく苦しい気持ちが、そこには澱のように凝っていた。
――いいこ、いいこ。
――だから、ねえ、あたまなでなでしてほしいですわ。
少しだけ、甘えて見せる。
●
アメリは、戸惑っていた。
混乱していた。
自分がこれまで求め続けたものが、何の条件も、代償もなく目の前にぽんと置かれた現実を、理解できなかった。
そんなことはありえないと、どこかで理解していたから。
だから、怯えた。理解されることに慣れていなかった。
この小さな聖女が、今までに一度も巡り合ったためしのない人種であり、未知であり、不気味であったから。
魂の底から、己の狂気に殉ずることができなかったから。
だからアメリは手を離した。〈無限蛇〉システムとの接続を、思わず切った。
途端に消え失せる小さな女の子の感触、その名残を、寂寥とともに反芻しながら。
●
〈美〉セフィラ全域で、肉虫の暴虐が止まった。
上空にいた甲零式機動牢獄は、そのサイズからすると不気味なまでの高速で宙を滑り、〈教団〉の総本山へと帰投してゆく。
再びリクライニングチェアに身を横たえながら、ギドは葉巻をふかしていた。
「……ふぅん、まぁいいけどね」
煙を吐く。
「あなたらしからぬ失態ですね」
乙零式が憮然としている。
「返す言葉もないね。外すなんざ何年振りやら」
「〈法務院〉からの出向にも限度はあることをお忘れなく」
「あぁ、問題ないよ。次でラストだ」
〈教団〉に抗うテロ組織たる〈帰天派〉は、その実「あまりに安定しすぎる統治」が敷かれている〈美〉セフィラに、争いと罪の種をバラまくため、〈法務院〉が意図的に作り上げた勢力だ。末端の構成員はそのことを知らないが、時として今回のように機動牢獄が密かに投入されることもあった。
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