世紀末が来るぜ
「成った……」
感に堪えぬ。ギデオンはついに目的を果たした。
昏い悦びが胸に満ちかけるのを、ギデオンは強いて自制した。そう――これは復讐ではない。復讐など何の意味もない。必要なことであるがゆえ、成したのだ。
森は滅ぶ。その愚鈍で冷徹な意志とともに。
――シャロンよ、おまえはきっと喜ばぬだろう。だが、必要なことだ。
聖樹の森は、エルフの護り手として不足に過ぎた。
その治世は完璧に公平であったかもしれないが、突発的な変化にまったく対応できない。
すでに聖樹信仰など捨て去っているこの身が、転移門を開けている時点で、森の意志の愚鈍さは証明されている。
機知というものがまったくない。ただあらかじめ決まったことを延々と繰り返しているだけなのだ。
むろん、数百年も経てば森の意志とて学習し、ギデオンの転移門使用を禁ずるかもしれない。
話にならぬほど遅かった。
エルフを森から解放せねばならなかった。さもなくば、数百年後には――
「……ギデオン。勝利の感慨にふけるのは、少し早いかもしれない」
〈道化師〉の硬い声がした。悠然としたユーモアはもうない。ギデオンが異界の子供にした仕打ちが、よほど腹に据えかねているのだろう。
「何だ」
「外を見なよ。あり得ないことが起こっている」
●
瞬間――赤黒い色彩に満たされた王都が、まったく唐突に、この世から消えて失せた。
何かの冗談のような光景であった。
「む――!?」
フィンをエルフたちに預けるべく、岸辺に向かっていた総十郎は、空を振り仰ぐ。
一面の青空。
さっきまで赤黒く染まっていた空が、なぜか元に戻っていた。
いや、それ以前に、真上を占有していた王都がない。
きれいさっぱり消滅している。
「……一体何が起こっておる……。」
慮外な事態が発生し過ぎである。
ともかく、エルフたちと合流を急ぐべきか。
自分が何をすべきか、その手がかりが欲しかった。
●
「なんだこれは……!?」
ギデオンは狼狽していた。王城から見える景色が、あまりにも予想外のものであったから。
そこに森はもはや存在しなかった。石柱めいた巨大な人工物が彼方に点在する荒野であった。奇妙な殺気を孕んだ砂塵と風が吹いている。
森はどこにいった?
無論、悪鬼の王の歪律領域を拡げたことによって、その景観も禍々しく刺々しい悪夢のごとき変貌を遂げたはずである。だが、森が変質ではなく消滅するなどということがありうるのか? ヴォルダガッダの悟りは他者の存在自体を許さぬ類のものであったと?
そんなはずがない。あれは殺し合いを貴ぶ。他者が存在しなくば殺し合いは成立しない。そんな奴の悟りが、他の生命の存在自体を拒否するような小世界になるはずがない。
「気を付けて」
隣で〈道化師〉が険しい面持ちをしていた。
「たぶん、異界の英雄の何らかの力によるものだ。ヴォルダガッダの法が広がり切る前に、僕たちは王城ごと異空間に取り込まれてしまったみたいだ」
「異空間、だと?」
「外界に自らの法を上書きする歪律領域とは異なり、根本から別の場所を構築してしまう力のようだね。それにしても。コンクリートのビル、か」
あえかに微笑みながら、少年は横に視線を滑らせた。
「作中年代的に、あなたの仕業かな? 黒神烈火氏」
ギデオンが同じ方を見やると――果たしてそこに、魁夷な体格の青年が立っていた。
驚嘆するより他ない壮絶な戦闘能力を持ち、ヴォルダガッダと二人がかりでも仕留めることは叶わなかった、異界の英雄。
思わず〈黒き宿命の吟じ手〉の柄に手をかけ、臨戦態勢をとる。
青年は深々とため息をつき、眉間を揉みしだいた。
そしてこちらを炯と睨み付け、言った。
「……チンポジがずれた。訴訟」
ギデオンはその場を辞して永遠の荒野に旅立ちたくなった。
「のこのこと僕の前に現れるなんてずいぶんな自信だね。何か秘策でもあるのかな?」
「スルーすんなやテメー!!!! チンポジは男の最重要懸念事項でしょうがァァァァァァァアァァァァアアアァァァッ!!!!」
「いや知らないよあなたのチンポジ事情なんてどうでもいいよ気になるんだったらとっとと直せばいいんじゃないかな」
うんざりとした早口で応じる〈道化師〉。
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