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ケイネス先生の聖杯戦争 第二十四局面
苦悶の海の中で、「とおさかときおみ」というひとつながりの音が辛うじて意識を浮上させた。
その存在への憎悪だけが、今や雁夜という人格を繋ぎ止め、形を保たせている全てであったから。
「……ギ……」
「聞こえているか? 聞こえているならこっちを見ろ」
声に反応し、視線を向ける。金髪をオールバックにまとめた男がそこにいた。
確か、そうだ、いままでこいつと戦っていたのだ。
「間桐雁夜。お前の経歴はすでに調べてある。魔道の家門に生まれながら魔道から背を向けた落伍者よ」
歯が軋る。睨みつける。
「だったら……なんだというんだ……ッ!」
「お前が何を思い凡俗の道を選んだのかなどに興味はない。ただ、ひとつ確認をさせろ。――お前、根源に興味がないのだな?」
根源。
神秘学における第一要因。あるいはアルケーとも呼ばれるもの。すべての始まりであり、それゆえにすべての終わりを計算できる場所。この世界の外に存在し、アカシックレコードを機能の一部として内包する「渦」。
魔術師たちは皆、そこへ至ることを渇望している。
雁夜にしてみれば、そんなことに何の意味があるのか、まったく意味不明であった。人として生きるということは、人を愛し、人から必要とされながら、限りある時間を噛みしめて過ごすということだ。
世界の外にある訳の分からない場所に行き、全知を得るなどと、生きることへの逃避としか思えなかった。
「ない」
「では聖杯に何を望む」
「お前ら魔術師どもが始めたバカ騒ぎの景品なんかどうでもいい」
「ではなぜサーヴァントを従え、聖杯戦争に身を投じた」
「それをお前に説明して俺に何の得がある?」
「おやおや間桐雁夜。もっと理性でものを考えたまえ。私はお前がなぜそこまで魔道を憎むのかなど知らんし興味もないが、お前には利用価値を感じ始めているのだよ」
治癒魔術を継続しながら、ケイネスは口の端を釣り上げた。
「お前を殺したのち腕を切断して令呪を奪うということも考えたが、それでは得られるものは令呪だけだ。だがもしも――」
「待てッ!」
声を張り上げた雁夜に、ケイネスは怪訝そうな目を向けた。
「魔術師、お前が何を言いたいのかは察しがついたが、お断りだな。冗談じゃない。さっさと俺を殺すか、さもなくば失せろ!」
焦燥感に突き動かされるまま、早口でそれだけを言う。
ケイネスは目をすがめ、やがて立ち上がった。
「……なるほどな。交渉は決裂というわけだ。だがお前のバーサーカーに対して私のランサーはすこぶる宝具の相性が良いようだ。お前のことはこのまま泳がせ、用が済んだら消すとしよう」
いささかわざとらしくそう言い残し、ケイネスは雁夜に背を向けて歩み始める。
「な、なら、決着の場は間桐家の前だ! そこで今度こそ叩き潰す!」
貴公子は失笑を残し、去っていった。
●
《わ、我が主よ。今の会話は一体……》
ディルムッドは、さすがにあれが己の主と間桐雁夜の本心からの会話でないことぐらいは察していた。
雁夜が声を張り上げた瞬間から、どこがどうとも言えないが、何かがおかしかった。
「言ったろう。あの男の体に寄生する使い魔が魔術刻印の代わりを務めている、と。ではその使い魔の主は誰だと思う?」
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