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秘剣〈宇宙ノ颶〉 #13
よくよく考えれてみれば、怒鳴り合ってていい状況じゃない!
腰を浮かせ、声のほうを見る。
一滴の血糊も付いていない、白い浴衣姿がそこにあった。気配も足音もなく、忽然と出現していた。
いましがた大量殺戮を行ってきたようには到底見えない姿だ。
大きな隻眼の奥で、濁った虚無が燃えていた。
意志の光など、なかった。
「婆ちゃん……!」
哀切と恐怖と怒りで、胸が凝る。
「アー」
赤ん坊のような、猫のような声。痩せた手が、ゆっくりと佩刀に伸びてゆく。
ダメだ。
いけない。
逃げなければ。
でも、体が動かない。
逃げても無駄だということが、本能の部分でわかっていたから。
不可解極まる瞬間移動の連続。まるで、世界という風景画の中へ好き勝手に貼り付けられるシールのように、白い殺戮者はどこにでも現れ、どこまでも追ってくる。
手立てが、何もない。
「イヤ……」
壊れかけた鈴の鳴るような声。
「もう、殺させない……」
リツカさんが、ぼくと婆ちゃんの間に立ちふさがっていた。
「もう二度と、わたしの大切の人を死なせない……!」
澄んだ怒りと、不退転の決意を携えて。
無理だ。
そんな木刀で、どうしようっていうんだ。
カシュ、と、鯉口の切られる音。
呼吸が、止まる。ぼくは彼女を突き倒そうと、脚に力を込める。
しかし。
「ア……ッ?」
婆ちゃんの所作が、止まった。
隻眼の瞳孔が、せわしなく動く。
……何を、探している?
「ア、ア……ア~……ア……?」
年経た樹木を思わせる手が、痙攣をはじめた。
瞳孔の収縮と呼応して、徐々に早くなってゆく。
「アアア、ア、アー……アアアアアッ!」
もはや全身がガタガタと震えだしていた。
どこか、壊れかけた機械に似ていた。
そして――
「ア……」
唐突に、静寂。
婆ちゃんは中空を呆、と見上げていた。
やがて、こっちを見た。
ギチッ
と、音がした。
婆ちゃんが、頬の肉を引き攣らせ、歪めたのだ。
その表情が笑みであることを認識するのに、数秒かかった。
何、だ……?
なぜ笑っている!?
怖気が立つほど拡大した瞳孔は、リツカさんにピタリと合わされ、まったく揺らがない。
「ゲ、ゲ……カ!」
喉を痙攣させた――笑い声、なのか?
そして、口を開いた。
ソレは、甲高く啼いた。人間には発音不可能な、引き絞られるような声で。
【オマエに=継剣の刻】
【至れり=決めた】
わからない。
わからない!
何を言っている!
「あ……!?」
呼吸を妨げる圧迫感は、消えていた。
白の剣鬼が、消えていた。
現れたときと同じように。出来の悪いゲームの処理落ちにも似て。
何の前触れもなく。何の余韻もなく。
ただ、消えた。
腰が抜け、後ろに倒れ込んだ。
長いこと、立ち上がることも出来なかった。
「リツカ……さん……?」
そして、気が付いたときには彼女の姿も消えていた。
どこへ、行ったのか。
「う……あ……」
なぜか、わからないが。
ぼくはそのことに、癒えようもない喪失感を覚えていた。
●
それからぼくは警察に通報し、しかし犯人については知らぬ存ぜぬを通した。
あの現場では、実に七名もの人間が死んでいたという。
それら全員が刀剣に類するものを持ち、全員が刀傷で死んでいた。
徒党を組んだ辻斬り同士での抗争ではないか、というのが警察が苦し紛れに出した見解である。
ここまで派手な刃傷沙汰は類がなく、ニュースでも大々的に報道されていた。
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