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かいぶつのうまれたひ #17

  目次

 ハイパーミニマム高校生であるところの嶄廷寺攻牙は、その日いつにも増して沈鬱な気持ちを抱えて登校していた。別段、いくら牛乳を痛☆飲しようが一向に成長する気配のない我が身を儚んでいたわけではなく、もっと別の事情であった。
「いやこれもうヤベーよこれマジやべーよ勉強してねえよ昨日も全然!」
「昨日の今日ですべきことを忘れるなんて、攻ちゃんはほんとうにオロカな生き物でごわすね♪」
「そういうお前はやったのかと言いたい!」
 射美は目をそらした。
「……そーいえば昨日家に帰ったら、タグっちやっぱりネコ耳生えてたでごわすよ~。指でつっつくとパタパタ暴れて超キュートでごわした♪」
「ネコ耳で遊ぶあまりやってなかったんだな! すっかり忘れてやがったんだな!」
「攻ちゃん」
「あ?」
「真昼間の人気のない校舎って、なんかちょっといいと思うごわすねっ♪」
「若干ちょっと共感できる現実逃避やめろ! ボクは追試なんか受けたくねェーッ!」
 校門をくぐり、下駄箱へ向かう。
 と、その時。
 こちらに向けて駆け寄ってくる足音がひとつ。
「あっ、霧沙希センパーイ♪」
 射美が声を弾ませる。
 黒髪を大きく揺らして駆け寄ってきたのは霧沙希藍浬だった。
 珍しく息を乱し、胸元を押さえている。
「はぁっ、はぁっ」
 二人の前にたどりつくと、膝に手をつきながら息も絶え絶えに言った。
「攻牙くん、鋼原さん、た、たすけてくれない……?」
 攻牙と射美は顔を見合わせる。
「な、何があったでごわすか?」
「ついに敵襲かー!」
「ち、違うの……諏訪原くんが……」
「?」
 ――だっ、だっ、だっ、だっ……
 異様なほど規則正しい足音が、近づいてくる。
「あ……追いつかれちゃう……」
 さっと二人の後ろに隠れる藍浬。
「――ようやく追いついたぴょん。観念するぴょん」
 落ち着いた声。
 白いウサ耳をまぶしく揺らしながら、諏訪原篤がターミネーターT-1000のごとく突進してくる。
 そして唖然としている攻牙と射美の前で立ち止まり、二人の背後にいる標的を冷静な視線で貫いた。
「さあ、出てくるぴょん。そして大人しく俺の眼を見るぴょん」
「お前はいきなり何を言ってるんだ」
 篤は攻牙に眼を向け、鼻を鳴らした。
「攻牙、そこをどいてほしいぴょん。俺は常に霧沙希を視界に納めていなければならぬぴょん」
「な、なんでだよ」
「一言で言うと、眼と眼で通じ合うためだぴょん」
 攻牙は頭を抱えた。
「病院! もうこれ病院行こう! いいから! 病院!」
「落ち着くぴょん。俺は乱心してはおらぬぴょん」
「ひとかけらも説得力がねえ!」
 と、そこで攻牙は肩をちょいちょいと引っ張られた。
 振り向くと、射美が眼を輝かせている。
「まぁまぁ攻ちゃん。これはアレでごわすよ、スウィートな青春イベントという奴でごわすよ」
 にゅふふ、と口に握った手を当ててほくそ笑む射美。
「いっやー、まさか諏訪原センパイがこんなセッキョク的なアプローチをするとは、いっやー、この海のイルミの目をもってしても見抜けなんだわーでごわすー!」
 ――リハクなめんなよコラー!
 と攻牙は突っかかりたかったが、
「~~~~っ!」
 背後から聞こえてくる変な声に気をとられた。
 首を絞められたハムスターの悲鳴じみた声だった。
「え?」「う?」
 射美と同時に背後を見る。
 ……藍浬が両手で顔を覆っていた。
「わ、わ、わた、わたっ」
 うつむきながら、か細い声で。
「わたし、困る……かも……そんな……急に……」
「うむ、お前にも負担をかけるかもしれぬが、どうしても成さねばならぬのだぴょん」
 篤はずいずいと歩み寄る。
 その気迫に圧されて、攻牙と射美は思わず後ずさる。
「さあ、その顔を見せてくれぴょん。俺は霧沙希の心を知りたいのだぴょん」
 篤は手を伸ばし、藍浬の細い手首を包み込んだ。
 藍浬はぴくんと身を震わせ、ゆっくりと手を顔から離してゆく。
 徐々にあらわになるかんばせ。紅潮した頬。リスのように引き結ばれた口。指の隙間から覗く潤んだ瞳。
「や、やっぱり無理~っ」
 篤の手を振り払うと、脱兎の勢いで走り去る。
「待つぴょん」
 素早く腕を伸ばし、逃げようとする藍浬の肩をつかむ。
 そのままぐいと引き寄せ、自分のほうへと向かせた。
 両手が藍浬の両肩を捕らえる。
 藍浬の背中が、下駄箱に押し付けられた。
「ま、待って諏訪原くん! これはちょっとおかしいわ。何がともいいがたいんだけど、何かがすごくおかしいと思います……!」
「もはやお前を放さないぴょん」
「勘違いしちゃう……そんなこと言われるとわたし勘違いしちゃうから……落ち着いて! きっとどこかですれ違いがあるんだと思うっ!」
「その通りだぴょん。だからこそこうやって、誤解や欺瞞なき関係を築く儀式を行うのだぴょん」
「……きゅう」

 ●

 ――この瞬間、紳相高校を中心とする半径一キロの範囲で、気候や植生その他の環境が一時的に春になるという不可解な超常現象が観測された。
 超法規的秘密財団法人『神樹災害基金』の中枢機関は、この事実を厳粛に受け止め、大規模なお花見大会を決行することにした。

【続く】

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