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かいぶつのうまれたひ #18

  目次

「アブソリュート☆斬殺タイム、はっじまっるニャーン!」
 ……その一撃をかわせたのは、ひとえに篤の『常住死身』たる信条ゆえであった。「生きるため、常に命を賭け続ける」ということ。それはすなわち二十四時間臨戦態勢を維持するということに他ならない。
「むぅ!」
 瞬間的に藍浬を抱きしめると、横っ飛びにその場を離脱した。
 閃光。
 動体視力の限界を超える、フェムト時間単位での斬撃が、凄艶な弧月を描いた。
「は~ん? やっぱり思った通りだニャン! 諏訪原篤……キミは不意打ちが通用しないタイプの使い手みたいだニャン!」
 ――いずこか……?
 篤は、今何らかの攻撃を受けたことは理解していた。だが、敵がどこからどんな攻撃を仕掛けてきたのか、まるで理解できなかった。何もない空間に、突如として斬撃だけが迸ったのだ。
「ああっ! タグっち! も~おダメでごわすよ~今いいところだったのに~!」
 射美が上を見上げ、手を振り回しながら抗議する。
「やあ射美ちゃん! 諜報活動御苦労さまだニャン! だけどサムライ少年の首は僕がいただくニャ~ン!」
 どこからともなく響いてくる、タグトゥマダークの声。
 気配は、ある。すぐそばにいるのがわかる。だが位置は特定できない。
「さぁて、こんにちは諏訪原クン! 相変わらずウサ耳と仏頂面が合わなさ過ぎて精神的ブラクラだニャン! 前回は見苦しいところを見せちゃったニャン! リベンジマッチといきたいんだけど、僕の挑戦、受けてくれるかニャン!?」
 躊躇いもなく「よかろう」と答えるには、あまりに危険な匂いのする相手であったが……
 ――異存はない。
 篤は無言のまま重々しくうなずいた。
「グッド! そんじゃあ屋上にご招待だニャン! 最高のおもてなしを用意してるニャ~ン!」
 そう言い残し、気配は遠ざかっていった。
 しばしの沈黙。
 やがて、攻牙が鼻を鳴らした。
「明らかに罠だな。悪役をやりなれてやがるぜあのイケメン野郎……」
 そして楽しそ~ぉに笑った。
「『グッド!』に『ご招待』に『おもてなし』だと? 上等じゃねーかよオイ!」
 いきりたつ攻牙の目前に、篤の腕が伸ばされる。通せんぼの形だった。
「……なんだよ」
 篤はゆっくりと首を振った。ウサ耳が頭の上で揺れた。
「そ、そーでごわすよ。タグっちはマジで強いでごわすよ~攻ちゃんは下がってた方がいいでごわすよ~」
 射美が横から攻牙の腕を掴む。眉尻は下がり、ちょっぴりマジな顔である。
 攻牙は舌うちした。
「――超人的怪力。クレーターを作るほどの近接攻撃。エネルギー操作による遠隔攻撃。車に轢かれても傷一つ負わないバリアー。そしてそれらの原則にも当てはまらない超常能力――」
「こ、攻ちゃん……?」
「ナメてんじゃねーぞコラ。お前らバス停使いのスペックなんざとっくに学習済みだぜ」
 頬を歪め、尖った歯を見せる。
「ボクが何のために試験勉強ほっぽりだして駆けずり回ったと思ってんだ!」
 クックック……と含み笑いをする攻牙。
「学校中に仕掛けまくった対バス停使い用即死トラップの数々……火を噴く時がきたようだなあ……!」
「そ、そんなものをー!? ウソ、気付かなかったでごわす!」
「気付かれたら罠になんねーだろうがよ! ボクも屋上に行くぞ! 無力な一般市民扱いなんかお断りだぜ!」
「ううぅ!」
「篤! 文句はねーよな?」
 返事はなかった。
「……あれ? 篤?」
 篤はいなかった。
 しゃがみ込んでプスプスと湯気を上げている藍浬がいただけだった。

 ●

 ――ずっと。
 篤は階段を上りながら、自嘲していた。
 ――ずっと目を背けてきたのだ。
 避け得ぬ宿命。絶対の敵対者。
 そういうものは、存在する。
 ――愚かなことだ。
 本質の是非ではなく、篤自身のエゴによって、否定せざるを得ない敵。
 何が起ころうと、許してはならぬ敵。
 ――認めたくは、なかった。
 悪は倒さねばならぬ……篤のシンプルな倫理観は、そう告げている。
 だが、この胸の底から沸き上がってくる、冷たく引き攣れるような闘志は、それ以外の理由によるものだ。
 ――かの敵は、俺のありようを否定する。
 だから・・・、討とうとしているのだ。篤が殉じようとする「道」ではなく、さらに言うなら「正義」ですらなく、自分が否定されたくない・・・・・・・・・・・がために・・・・、篤はタグトゥマダークと相対するのだ。
 ――嗚呼、本当に、認めたくはなかった。
 自分を守るために、戦いたくはなかった。霧沙希藍浬のように、温かい微笑みですべてを受け入れたかった。本当の強者とは、何かを否定する必要がない者のことなのだ。
 ――だが、それは無理だ。
 タグトゥマダークは、恐らく、生涯をかけて否定せねばならない相手なのだ。
 ――霧沙希よ、どうやら俺は、お前のようにはなれない。
 その事実が、喩えようもなく、哀しかった。
 やがて、屋上へと通ずるドアが、目の前に出現した。
 力を込めて歩みを進める。
 ――俺は、ネコ耳を、許せない。
 扉を、開ける。

【続く】

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