ケイネス先生の聖杯戦争 第一局面
「――率直に言って、信用できんな」
帰ってきた返答は、無情の一言であった。
ディルムッドはその場に跪いたまま、焦りに目を見開く。
この反応は想定していなかった。
「信用、と申されましても……」
困惑に眉を顰める。しかし、主の許可なく頭を上げる無礼は決して犯さない。
何か行き違いがあったのだろうか? 俺は確かに聖杯戦争に召喚されたと思っていたが、実は違うのか?
自分はサーヴァント――かつて人類史に偉業を刻み、死後に「英霊の座」と呼ばれる世界に魂を記録された英霊の一人である。正確にはそれそのものではないのだが、今は細かい定義の違いなどどうでも良い。
1994年現在とは比較にならぬほど濃いエーテルに満ちた時代の人間であり、身体能力は後世の人間たちからすればまさしく神か超人かと思われるような凄まじい領域にある。
その戦闘能力に目を付けた現代の魔術師たちが、七人の英霊を現世に召喚し、万能の願望機とも言われる「聖杯」の争奪戦をさせる大儀式――それが聖杯戦争である。
聖杯によって植え付けられた知識と照らし合わせてみても、自分は紛れもなく聖杯戦争の参加者として現世に召喚されたはずである。
ならば召喚と同時に目の前に現れたこの男こそが自分の主であり、共に聖杯戦争を戦ってゆく同志であると考えたのだが――
「私にへつらうおためごかしはやめて本心を言え。ただ私に忠誠を捧げることだけが願いだと? ずいぶん雑な作り話だな」
そこなのか。
確かにディルムッドは、召喚されてから真っ先に目の前の男に問われた。『聖杯にかけるお前の願いは何か』と。万能の願望機たる聖杯の力を使う権利は、召喚したマスターのみならずディルムッドらサーヴァントにも与えられる。ゆえに英霊たちは魔術師たちの召喚に応え、彼らのために殺し合いを演じるのだ。
だが――ディルムッドには、聖杯にかける願いなどなかった。己の生前は悔いに満ちた悲劇として幕を下ろしたが、万能の願望機などという胡乱な存在によって過去を帳消しにしてもらおうなどとは思わない。それらは英雄として世界に刻んだ自らの足跡を否定する行いだ。そこまで誇りは捨てられない。
ディルムッドの目は前を向いていた。悔いるべき生前は、苦い教訓として胸に刻み、これからのことだけを考えていた。
「――誓って、本心でございます、主よ。あなたに忠誠を誓い、共に誇りある戦いを駆け抜けること。我が胸中にあるのはその一念のみです」
舌打ちの音も、歯ぎしりの音も聞こえはしなかった。だが騎士として研ぎ澄まされた感覚が、目の前の男の苛立ちを感知していた。
「そうか、あくまで白を切るか」
「決して、そのような――」
「面を上げろ!」
まだ青年と言うべき若さの声だったが、しかし他者に命令することに慣れた倦怠と威厳が宿っていた。紛れもなく貴種に属する者に特有の、霊威。
ディルムッドは弾かれたように顔を上げた。
カソックのような紺色のローブを身にまとう、金髪の男が佇んでいた。腰の後ろで腕を組み、悠然とこちらを見下ろしている。
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