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ケイネス先生の聖杯戦争 第二十局面
大気が挽き潰され、断末魔を上げる。
バーサーカーの踏み込みは、ディルムッドの目をもってしても鮮明ではなかった。
まるでコマ落としの映像のように、気が付いたときにはすでに間合いを侵略されていた。その途中経過を動きとして認識することはほぼできなかった。
病んだ光を宿す黄槍が、致命的な軌道を描いてディルムッドの霊核を貫く直前。
横合いから〈破魔の紅薔薇〉の刃を叩きつけた。衝撃波と魔力が撃発し、長さゆえに質量の大きい紅槍が〈必滅の黄薔薇〉を打ち払う。
……その、はずだった。
ディルムッドは、堕ちたる宝具に込められる膂力を見誤った。
どれほどの速度を叩き出しているのか、事前に想定していた最悪すらもあまりに楽観的だったことを思い知った。
打ち払うどころの話ではない。
こちらの槍技による妨害は、相手の刺突軌道をほんのわずかにずらすことすら能わなかった。
単純に、運動量が違い過ぎた。惑星の運行を殴って弾き飛ばすことができないように、狂騎士の攻撃をディルムッドが歪めることは不可能だった。
ゆえに寸毫の狂いもなく、鮮黄色の穂先は槍兵の胸板に突き入れられた。霊核を間違いなく貫通し、背中から突き抜ける。
ディルムッド自身すら、体内感覚でその事実を確信した。狂化の呪いと頸椎の粉砕による鈍りを微塵も感じさせぬ、入神の域にある殺しの手管。
だが。
しかし。
そのまま粒子に分解され、消滅の憂き目にあわねばならないはずのディルムッドは、しかし顔色一つ変えぬまま〈必滅の黄薔薇〉を掴んだ。
体をずらす。ハリエニシダの花にも似た目の覚めるような黄色の槍は、そのまま実体なき幽霊のようにディルムッドの肉体を横に通過し、やがてその刃は完全に外に露わとなった。
蒼き槍兵の躰には傷一つない。明らかにありえざる不条理。
――海神マナナーン・マックリールの寵愛を受け、回復阻害の魔槍を授かったディルムッド。
その槍によってつけられた傷は決して癒えることはなく、いずれ確実に敵を死に至らしめる。
しかしてマナナーンは、そのような剣呑な呪いがディルムッド自身を決して害することがないよう、〈必滅の黄薔薇〉の刃に主を傷つけない祝福を授けていた。
実際、「ディルムッドが〈必滅の黄薔薇〉の穂先に立っても完全に無傷で済んだ」という生前の逸話は現代にも伝えられている。
だが、バーサーカーの宝具は、そのような祝福すら歪め、「黄槍は決してランスロットを傷つけない」という呪いに変換していた。
ゆえに本来はディルムッドにとって今の一撃は確実に致命傷となるはずであったが――
――〈破魔の紅薔薇〉。
この紅槍が接触している間だけは、〈必滅の黄薔薇〉はディルムッドの宝具としての機能をすべて復活させていた。
そう、深紅の魔槍を叩きつけたのは、攻撃をそらすためではない。
慮外な事態を発生させ、狂騎士の隙を作るためだ。
紅い閃光が闇を裂き、バーサーカーの腕が飛んだ。
同時にディルムッドは黄槍を奪い返す。
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