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ケイネス先生の聖杯戦争 第三十九局面
目を開く。格調高いが、どこか陰鬱な寝室であった。
身を起こす。窓から斜陽が差し込んできていた。すでに昼下がりか。
負傷した手に巻かれていた包帯を解く。傷口は塞がり、砕けた骨も元に戻っている。だが、指を動かそうとするとわずかな麻痺が残った。
治癒魔術においても人後に落ちぬと自負しているが、さすがに神経系を元に戻すには外科手術を併用した儀式魔術が必要となるだろう。
「ランサー」
「御前に」
打てば響くように、従僕は跪いた体勢で実体化した。
「私を負傷の身にし、令呪を二つも削った成果はどうだ?」
「「監視者」の手勢である女性を、我がホクロにて」
ケイネスは、まじまじとディルムッドを見た。
堅物の朴念仁だと思っていた。殺すだけで済ませていたとしてもケイネスは驚かなかった。
だがこの騎士は、主の期待を汲んで、倫理を踏み越えた。
「強靭な意志力の持ち主です。あくまで〈魅了〉しただけであり、即座に裏切らせるのは難しいでしょう」
「そうか……」
目を閉ざす。
――今度こそ、裏切らない。
――今度こそ。今度こそ。
ため息をつく。
「……聖杯戦争のからくりについて、ひとつサーヴァントには知らされていないことがある」
「は……?」
「魔術師はすべて根源を求めて魔道を歩む。私もまた例外ではない。冬木聖杯は、その願望を叶えるための手段である」
「存じております」
「これが、例えば現世的な利益を願う者であれば、その願望は世界の内部で完結するものであり、必要となる魔力量は比較的少なく済む。敵サーヴァント六騎を供物として聖杯にくべれば、その者の大願は成就するであろう」
従僕は、じっとこちらの言葉に耳を傾けている。
「だが、根源へ至ろうというのであれば、それはこの世界からの逸脱だ。宇宙に孔を開けるに等しい奇跡。六騎では足りぬ。七騎すべてが犠牲に捧げられる必要がある。七騎すべてだ」
ディルムッドの表情に、特段の変化はない。「だから?」と問い返したいのを自制しているのが手に取るように分かった。
「ランサー。私はお前に、死を命じることになる」
そこまで言って、ようやく騎士の顔に理解の色が広がった。
「我が主よ、失礼ながら、見くびられては困ります。主の大望のために命を散らすは騎士の本懐。私には何の異存もありません」
「……気に入らんな」
だからケイネスは、眉を顰める。
「自分以外の誰かが作った規範に、何の迷いもなく魂まで委ねられるその在り方。私にはそれがおぞましく思える」
ケイネスは、ディルムッドの忠誠をもはや疑わなかった。臣下として信頼することにした。
だから自らの本心を、口にする。
「お前の中には奉仕の心しかないのか? 自分は常に勘定外か? 慈悲の安売りをして、それで人を救えると本当に思っているのか?」
差し出すものは、価値あるものでなければならない。自分に価値を見出さず、常に他者を優先するような者の慈悲などに、少なくともケイネスは価値を認めない。
これは聖杯戦争と何の関わりもない無駄口である。
初めて、そういうことをした。
「それ……は……」
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