絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #11
「なんか知らねエが……」
うっそりと、〈原罪兵〉は振り返る。充血した眼が、不穏な色彩を帯びる。
「テメェは四肢を切り落として俺専用のサンドバッグにしてやるよ……青き血脈のガキはテメェの目の前で犯す。生まれたガキがメスならそいつも犯す」
まずい。
いや四肢を切断云々はどうでもいい。アンタゴニアスが有する原子変換機能の応用によって、手足程度などいくらでも再生は効く。そうではなく、アーカロトは「青き血脈」とまっとうな交渉の場を持ちたかったのだ。そのような目に遭わせるわけにはいかない。いや、そういう事情がなくとも暴行の看過など論外だ。
なにより――これ以上はアンタゴニアスを抑えておけないかもしれない。脅威度が許容できないほど高くなれば、繰り手たるアーカロトを守るためにこちらの制止を無視して基準界面下に待機させている絶罪支援機動ユニットを実体化させ、戦闘行動に入ってしまうかもしれない。
そうなれば、周囲に恐ろしい被害が出る。すでに聴勁によって、周囲のビル群から周辺住民らが息を殺してこちらの様子を窺っていることは把握できていた。彼らに避難を促す暇は、もうない。
「オラ、まずは足だ――」
乾いた銃声が響き渡った。
〈原罪兵〉の肩口に、赤い染みが広がった。
「ア?」
再度、銃声。膝を撃ち抜かれ、転倒する。
まだ状況を理解していない顔の眉間に、赤い穴が開いた。
がくん、と一瞬後ろにのけぞったのち、重力に従って倒れ伏す。二、三度の痙攣を最後に、動かなくなる。
「よっしゃ、急ぎなガキども!」
老婆の声。
途端、周囲のビルから十名前後の子供たちが一斉に駆け寄ってきた。
手に手にナイフを持ち、鬼気迫る形相でこちらに殺到してくる。
一瞬身構えるが、その視線は〈原罪兵〉の死体に向けられていた。
地獄の亡者のごとく死体に群がり、刃物を突き立てる。血飛沫が上がり、幼い顔を赤く穢すが、気に留める者など一人もいない。
「ババア!! 確保したぞ!!」
「ママと呼べっつってんだろうが殺すぞクソガキ」
子供の一人が、〈原罪兵〉の腹部にあった罪業変換機関を掴んで掲げる。
葉巻を加えた老婆が、ツカツカと歩み寄ってくる。手に提げているライフルからは、いまだ硝煙が立ち上っていた。
眉間を中心に×字の皺が寄った顔をすがめる。切れ長の三白眼。
「ふん、七七式か。シケてるねえ。すぐに思考警察が来る。ずらかるよ!」
長い腕を優雅に振るい、撤収の合図を出す。何か、旧世界のモデルめいた美しい所作が印象に残った。
だが――そこが限界だった。
アーカロトの意識は、闇に沈んでいった。
【続く】
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