僧帽筋こそ男の象徴
股間を抑えてのた打ち回っている烈火から、リーネ・シュネービッチェンは憤然と目を逸らした。
――まったく、まったく、なんという破廉恥漢かっ!
エルフ族の生態には「安全日」などという概念は存在しないのだが、もちろん知識として人族の女たちが月の満ち欠けに同期して体にさまざまな変化を起こすということは知っている。なのでこの男の発言の意図も推察できた。
頬がカッと熱くなる。初対面でなんちゅうことを言ってくるんだこの男は!
――いやいやいやいや落ち着け私! 異世界の住民なのだ。こう、「女性は口説くのが礼儀」的な、なにかそういう道徳観念のある世界から来たのかもしれん。
だとしたらちょっとかわいそうなことをしてしまったかもしれない。
リーネはちらと横目で烈火を見る。相変わらず「あぎょごっごご」とか呻きながら股間を抑えて悶えている。
鬼の顔が浮き出ている広背筋に、丘のごとく盛り上がった僧帽筋、そして広大な肩幅のラインが雄々しく、女の目で見ると、なんというか、その、困る。
急いで目を逸らす。頬がさらに熱くなる。
――だいたいなんで下着一枚なんだっ! 冷静に向き合えないじゃないかっ!
「リーネどのリーネどの」
その声に、リーネは振り返った。
異界の英雄、フィン・インペトゥスが生真面目な面持ちでこっちを見ている。
子供特有のちまっとした肩幅に、ちっちゃな両手をぎゅっと握っている。相対して頭は大きく、大粒のくりくりとした目が澄んだ光を湛えていた。
「〈聖樹の門〉ですが、聖樹信仰に帰依していない我々は使用不可能なのでありますか?」
――あぁ、こっちはかわいいなあ。
頬の熱は落着き、代わりにほっこりと胸があったかくなる。王国は、ある事情から子供の数が少ない。だからオブスキュアのエルフは子供をめちゃくちゃ可愛がるし大事にする。もはや本能と言って良い。思わず頭を撫でようと手が伸びかけるが、そういえばこの稚い英雄どのは子ども扱いされるとむくれてしまうことを思い出し、どうにか自制。
こんなに可愛いのにもったいないなあ、でもむくれるお顔も可愛かったなあ、あとほっぺ柔らかそうだなあ、とかぼんやり考えていると、
「? リーネどの?」
小首を傾げる。可愛い。
じゃなくて!
「あ、ああ! すまない。ええと〈聖樹の門〉の話でしたね。平原の方でも通行自体は可能です。あくまで〈門〉を開き、維持することができないだけで、わたしか殿下が〈門〉を開いている間に通過していただければ、問題なく利用できます」
「なるほど……」
生真面目に思案している。
総十郎は、少し感心したような目でフィンどのを眺めていた。
その気持ちはリーネもわかる。人族の、これくらいの子供ならば、生きた年月は十年かそこらであろう。にも関わらずフィン・インペトゥスは非常に聡明であった。
「〈聖樹の大門〉は全部でいくつでしょう?」
「王都を含めて七つですね。つまり都市も七つあります」
「では、ここから最寄りの〈聖樹の大門〉までどれほどかかりますか?」
「近くに樹精鹿を留めています。彼らに乗れば二時間ほどで第二都市オンディーナに辿り着きますね」
「じゅせいか?」
「あぁ、ええと、馬はご存知ですか?」
「図鑑で見たであります。首が長くて走るのが早い動物であります」
「はい。それに角が生えたようなものを想像していただければ近いですね。風のように駆ける、我らエルフの友です」
「えっと……」
フィンは顎を掴んで考えを巡らせている。
結論が出たのか、こちらへにっこりと輝く笑顔を向けてくれた。
「ならば、数日中に片をつけるでありますっ!」
「へっ!?」
信じがたい発言に目を丸くする。
「ふむ、その心は?」
総十郎は面白そうに聞いた。
「まずオンディーナの〈聖樹の大門〉を使用可能な状態にし、そこから連鎖的にすべての都市を解放するであります」
「え、あの、か、可能なのですか?」
「小生は賛成である。一刻を争う事態、拙速を貴ぶのは当然であろう。それに――」
総十郎どのは美しく尖った顎で横を示す。
その先には、相変わらず股間を抑えて悶えている烈火の姿があった。すぐそばにシャーリィがしゃがみ込み、指先で強壮なる広背筋をつんつんしていた。
……いや、なにしてるんですか殿下。あの筋肉に物怖じしないのはさすがですが。
「――あの男が味方にいる限り、力任せのゴリ押しが常に最適解となるであろう。」
「ちょっとおおおおおおおお!!!! お前らひどくなァい!? ひどくなくなくなァい!? あーもーつっつくなうっとおしいッッ!! ア○レちゃんかテメーは!!」
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