吐血潮流 #9
次の日。
諏訪原篤は襲撃を受ける。
登校してきた生徒たちでごったがえす紳相高校の廊下にて、それは完全なる不意打ちの形をとって成された。
「うらぁーッ!」
襲撃者は背後から篤に飛びかかると、首に腕を回して締め上げてきた。
「昨日はよくも逃げてくれたな篤この野郎てめえ今日は逃がさねえぞコラァ!」
セリフに読点をつけない男、嶄廷寺攻牙。
「あー」
篤は頭を掻きながら、何と言ったものか思案する。
攻牙は、ヒーロー願望が強い。普段から「あー世界の存亡をかけた戦いに超巻き込まれてえー」だの「いつになったら破門された兄弟子が仮面をかぶって師匠を殺しに来るんだろう」だの、高校生にもなってちょっとそれはどうかと言われそうなことを平気で口に出す奴だ。
「高校生にもなってちょっとそれはどうか」
「何がだよ!」
見た目が小学生なのでまったく違和感はないが。
そんな少年が昨日の篤と射美の意味深なやりとりを見れば、これはもう何らかの劇的な事件の匂いを嗅ぎつけて意地でも首を突っ込んでくるに決まっているのである。
「うーむ」
首にぶら下りながらぎゃあぎゃあ騒いでいる攻牙をとりあえずスルーしながら、篤は考え込む。
やはり適当に曖昧な返事をして誤魔化すしかなかろう。級友をバス停使いの戦いに巻き込むのは篤としても本意ではない。
「オラオラとっとと教えやがれ! あのごわす女は何者だ! ゾンちゃんって誰だ! 仇って何のことだ!」
「……うむ、何のことかはまったくわからないが、ゾンちゃんというのがゾンネルダークなどという変態の略称ではないことだけは確かだ。本当に何のことかはまったくわからない」
「わかってんじゃねえかよ! 誰だよゾンネルダークって!」
「……何故わかったんだ。天才かお前は」
「いやいやいやこの人なんで今ので誤魔化せてるつもりになってたの真剣に怖いんだけど」
まったくわからないって二回も言ったのに、実はわかってることを一瞬で看破されてしまった。いったいどんな鍛錬を積めば、これほどの恐るべき洞察力を獲得できるのか。
――次からは三回言おう。
「……むっ!?」
その瞬間、意識の片隅で、ある気配を感じた。
覚えのある気配であり、現在最も警戒しなければならない気配。
一見ふにゃふにゃの隙だらけに見えて、中に剣呑なものを宿している気配。
だんだんと、近づいてくる。
周囲の雑踏の中から、篤はその足音だけを拾い上げる。
そして。
「諏訪原センパイ~おはようでごわす♪」
甘ったるい声。
篤は即座に頭をめぐらせ、声の主を見やる。
案の定、そこには鋼原射美がいた。
両手を後ろに組んで、身をかがめ、いたずらっぽく笑っている。
「ぬあっ! 昨日のごわす女!」
攻牙が声を上げた。
「昨日のおチビちゃんもおはようでごわす~♪ お兄ちゃんにおんぶしてもらってるでごわすか?」
「うわすげえムカつく!」
しかし、はたから見ると確かに「歳の離れた兄貴におんぶしてもらってる子供」の図である。
「……用向きは何だ?」
篤は静かに、油断なく問いかける。
「そんなにケーカイされると悲しいでごわすよ~」
よよ、とわざとらしいしなを作りながら、指で涙をぬぐう仕草をする。
が、すぐに半眼でこちらを一瞥し、口の端を吊り上げた。
「ふふん、ちょっと見かけたから挨拶がてら決闘でも申し込もうかと思っただけでごわす」
「ほう」
「確か……『姫川病院前』のパワーが一番高まるのは、診察時間の朝と夕方でごわしたっけ?」
――そんなことまで知っているのか。
篤が契約しているバス停『姫川病院前』は、その名の通り姫川病院の前に位置しており、朝と夕方の診察時間には近隣の爺さん婆さんが押し寄せるため、段違いに利用率が高くなる。当然、〈BUS〉の流動も活発になり、バス停の持つ力は最高潮に達するのだ。
バス停使いにしてみれば、自分が契約するバス停がどこのものなのかを知られるのは非常マズい。そのバス停の利用率が低い時間帯に襲いかかられると、恐ろしく不利な戦いを強いられることになる。
篤は、己の弱点とも言うべき情報を、いともあっさりと握られてしまったのだ。
「さて……どうだったかな」
「またまたぁ、隠さなくても大丈夫でごわすよ~。利用率が低い時間に襲撃しようなんて思ってないでごわす♪」
別に隠していたわけではなく、単に姫川病院の午後の診察時間が何時だったのか良く覚えていなかっただけなのだか、篤は黙っておくことにした。
「ほう?」
いかにもポーカーフェイスやってますよと言わんばかりの鋭い表情だが、実は何も考えていない。
「今日の夕方。学校の裏山で待ってるでごわす」
にひ~、と射美は意味深な笑みを浮かべている。
「わざわざ俺に有利な時間を指定するとは、よほどの自信があるようだな」
「ふっふっふ、そうでごわすよ? 射美がホンキを出せばセンパイなんてイチコロでごわす」
「それは楽しみだ。場所と時間は了解した。必ず行こう」
「待ってるでごわすよ~♪」
篤は踵を返し、颯爽と歩きはじめる。
新たなる敵との戦い。
その予感に、体中の細胞がざわめいた。
――やはり常住死身の信条は、闘いの宿命を引き寄せる、か。
「やれやれだ」
肩をすくめる。
「夕方に裏山だな? よ~くわかったぜこの野郎」
肩が、固まった。
背中に攻牙を背負ったままだったことをやっと思い出し、頭が痛くなった。
どうしよう、これ。
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