秘剣〈宇宙ノ颶〉 #8
「――ねえ!」
振り下ろされてくる――!
正気かこの人! こんなあっさりと暴力に頼るなんて!
心臓が暴れまくる。眼が限界まで見開かれる。どこか遠くで、先輩の悲鳴がしたような気がする。
――思考や理性とは別の、もっと根っこの部分が反応した。
右足を引いて半身になった瞬間、ぞっとするほどすぐそばを警棒が奔り抜けていった。
即座に両手を伸ばす。左手で男の手を、右手で警棒を掴む。
掴んだ腕をねじり上げながら相手の背後に回り込み、背負い投げの要領で腕を思いっきり引きおろした。
赤銀武葬鬼伝流――〈死手絡ミ〉!
男が宙を舞い、直後にアスファルトに叩きつけられる。
「がっ!」
彼は一瞬もがき、すぐに動かなくなった。
お、思わずやってしまった……。
暴力沙汰にだけはせずに済ませようと思っていたのに。
「え、何こいつ」
「何こいつ」
空気が剣呑なものになる。皮膚が粟立つ。
「ちょい調子乗ってね?」
「乗ってるね」
……さわやかイケメンなんてとんでもない。見た目よりずっと凶暴だ。
勘弁してくれよ、頼むから……
投げ飛ばすと同時に奪いとっていた警棒を逆手に構える。竹刀や居合刀ほど長くはないが、ウェイトは申し分ない。
「やめにしよう。暴力は何も解決しない」
自分でも死にたくなるほど説得力に富んだ言葉を契機に、彼らは殺到してきた。
相手は、五人。
……五人?
記憶の琴線に触れるものがある。
それが何だったか思い出そうと首を捻っていると、眼の前に拳が。
殴られた――と思った瞬間には、体が勝手に反応して超低姿勢状態に。
「あっ?」
地面にへばりつくように。
しゃがみ込むなどというレベルではなく。
何か、地面を高速で這う、名状しがたい生物のように。
下から見上げると、彼らはぼくの姿を見失っているようだ。
極限まで折りたたまれた脚を瞬発させ、大跳躍。一気に敵の頭の上まで跳び上がり、宙転。同時に逆手から順手へ得物を持ち替える。これら二つの回転を警棒に乗せ、渾身の力で叩きつける。
「ぎぇっ!」一人目。
地面に降り立ち、いまだ全身に宿る回転の軸を滑らかに傾け、袈裟打ちを捻り出す。
「うぐっ!」二人目。
警棒を左斜め下に振り抜く動きをやや修正し、左足を引きながら振り返りざまに柄頭を突き出す動作に代える。
ちょうど後ろから掴みかかってきていた奴の喉を打ち抜いた。
「げっ! ごっ!」三人目。
さらに回転力を殺さぬまま旋回。身を追って咳き込んでいる三人目の脇をすりぬけ、その向こう側にいる金髪の奴に総身の関節可動を同期させて放つ閃撃を見舞う。
「おぇ……ッ!」四人目。
そのまま振り返る。同時に頭上で得物を翻し、シームレスに上段の構えへ移行。喉を押さえて呻いている三人目をめがけ、踏み込みながら打ち下ろす。
「くぁっ!」
……こうして、四人が沈んだ。
「う、う、あ、あ……!」
残る五人目が、背を向けて逃げ出した。
ぼくは――というよりぼくの記憶と体に染み付いた技は――半ば自動的な反応で警棒を投擲しようとした。
――いや待て、別に逃げる奴を仕留める必要なんかない。
そう思い、体に制動をかける。
かけようとする。
――ん!?
止まらない。
螺旋の動きがまだ全身の肉の中に残っている。その回転に沿うように一歩踏み出し、腰をねじり、オーバースロー気味に警棒が投げ放たれた。
全身の力が無理なく宿った得物が、縦回転しながらカッ飛んでゆく。
そして、延髄にヒット。
「あげッ!?」五人目。
赤銀武葬鬼伝流――〈鏖ノ五旋〉!
今日、ツネ婆ちゃんが道場で演じた技だ。実際にやってみると、はじめから終わりまで回転力を利用しつくした合理的な体さばきであることがわかる。
いや、そんなことより。
「い……行きましょう、先輩」
呆然としている彼女の手を取り、再び駆け出した。
彼らが眼を醒まさないうちに。
●
ぼくらは、街路の植え込みを囲む石段に腰かけ、ひゅうひゅうと荒く呼吸を繰り返していた。
眼の前を、自動車のライトが行き交っている。その向こうにはビル群の明かりが、さらに向こうには地味で目立たない星空が広がっていた。
右腕に、先輩の体温を感じる。
彼女は、もたれかかるようにぼくの右腕に抱きついて、か細く息を整えていた。
「……み、見直しちゃった」
こちらを見上げてくる。眼の端に残る涙が、街の光をうけて煌めいていた。
「びっくりしたよ……あんな人数だったのに……」
そして顔を下げ、ぼくの肩に顔を押し付ける。
「それに比べてわたしってダメだな……なんにもできなかった……すごく怖くて……」
そうだろうか? 先輩がやれば、ぼくより数段鮮やかに彼らを黙らせたことだろう。
別に謙譲ではなく、彼女の実力は悠々とそれを可能にする。
今回は、たまたまぼくの方が冷静さを取り戻す時間的余裕に恵まれていたというだけのことだ。
……と思うのだが、しかしその考えをどんな言葉で彼女に伝えればいいのだろう。
何を言っても、空虚な慰めとしか取ってもらえないような気がする。
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