ぎすぎす☆ふぁーすとこんたくと!
かすかに肩を震わせながら、眉間を揉み解す。
「なんとまぁ、そういうことか。まいったね、これは」
「何を一人で得心しておる。」
「何人だい?」
「……なに?」
「シャーリィ殿下がこことは異なる世界から召喚してきた英雄は、全部で何人かと聞いているんだよ」
「……。」
総十郎は無表情を保った。
シャーリィを知っていることは不思議ではない。一国の王女だ。名くらい知られているだろう。
だがなぜ召喚のことを知っている?
リーネの言によれば、英雄召喚の術式はオブスキュア王国の秘儀であるはずだ。外部の者にはそんな魔術が存在すること自体伏せておくはずである。
――この少年、本当に何者か。
得体が知れなさすぎる。
断言はできないが、エルフではない。今のところシャーリィとリーネしか見知ったエルフはいないが、直射日光が射さぬ地で生きる彼女らの肌は透けるように白い。比べて〈道化師〉は、日に焼けているというほどではないものの、陽光を浴びる機会がそれほど珍しくもない環境で生きてきたことは疑いようがない。
いずれにせよ、敵にこちらの戦力をばらして得などあるはずもない。
今しがたの〈道化師〉の言葉から考えて、どういう原理かは不明だが、彼は異界からの客人を一目で見分けることができるようだった。
総十郎を見、フィンを見ることで、英雄が一人ではないことに気づいた。一瞬驚き、そして苦笑。つまり一人までなら彼の想定内だった。
「さて――そのあたりは君の想像に任せるとしようか。」
「ふうん、まぁいずれわかることだけどね。はぐらかしたということは、他にもいると考えるべきかな」
「なにしろ小生もシャーリィ殿下が召喚なされた軍勢の全容を聞かせていただいたわけではないのでね。」
総十郎は肩をすくめようとするが、相変わらず謎の力で身じろぎひとつできなかった。
探るような、見透かすような眼。
「逆に問おう。」
「うん?」
「君の目的だ。何を期してオブスキュア王国に来た? なぜ悪鬼どもを煽動してゐる?」
「何か勘違いがあるみたいだけど、この動乱の黒幕は僕じゃないよ。そして彼が何を考えているかは、ちょっと僕の口からは言えないな。筋合いじゃない」
はぐらかした。有益な情報は引き出せそうにない。
「では質問を変えよう、〈道化師〉くん。君は今この状況をどうするつもりかな?」
実際のところ、けっこうな危機ではあった。さまざまな神格の護符を懐に忍ばせている総十郎にとり、ここまで見事に動きを封じられたことはかつてない。
総十郎の知るいかなる魔術体系とも異なる技のようだ。
そこで唸っているオークだけ術を解けば、いともたやすくこちらの命運は尽きるはずだ。
「少し、迷っているかな。本当ならこの場で全部終わらせるつもりだったんだけど、異界の英雄が複数いるとわかった以上、それはちょっと早計かなとも思っている。全員を見てから、誰を選ぶか判断してもいいかな――と、そんなところだね」
「では、この場は退くと?」
「そうだね、シャーリィ殿下を誘拐すれば手っ取り早いけど、この状況じゃ難しそうだ。そうさせてもらうよ」
そう言うと、〈道化師〉は手を顔の横に持ち上げ、小気味良く指を鳴らした。
瞬間、鳴らした指で燐緑色の花が咲き、散る。
すると、総十郎の全身を縛る不可視の縛鎖は消え失せていた。
肩を回し、指を開閉する。やれやれ。
「チッ、ようやくかヨ」
オークも同様に解放されたようだった。
紅玉のごとき双眸がこちらを射抜き、威圧する。
悪鬼は隻腕を打ち振るうと、大戦鎌から鎖がのたうちながら伸び、黒い飛竜の頸に巻きついた。
――やや。
今までオークにかかずらって意識することはなかったが、こちらはこちらで驚異的な生物である。
全長は恐らく二十メートルに達するであろう。そして翼開長も同程度。刺々しい流線型のフォルム。
いささか攻撃的で凶悪な印象はぬぐえないが、頭を巡らせてオークに近づくその動作は滑らかで美しい。鞭のようにしなる長大な尾の先には、両刃の斧のような鋭い突起物があった。
カロロ……と喉の奥で唸りながら、従順に頭を下げた。
身を躍らせたオークは飛竜の首の付け根に打ち跨る。そしてこちらを視線で射抜いた。
「おい、黒いヒョロカス」
「小生のことかな?」
「オレはヴォルダガッダ・ヴァズダガメス。〈鉄キバ族〉と〈踏みシメ族〉と〈悪魔殺り族〉と〈どたまカチ割り族〉をシメる大族長だ。テメーの名を聞いてやル」
「……鵺火総十郎。」
「ヤビソー? フン、つぎ会う時までにテメーを殺る算段はつけとく。命乞いの文言でも考えトけや」
「で、あるか。まぁ特に楽しみでもないが怖気づいて逃げ出さんことを祈っておるよ。ほれ、探し出して斃すのは、なか/\手間であるからなあ。」
どう考えても今この場で殺しておくべき相手だが、〈道化師〉の手前、それも難しかろう。
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