絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #3
「わたくし、おそとにでてはいけないとおじいさまからゆわれていますの。ほんとうにおじいさまはじこにあってしまわれたの?」
「あぁ、本当だよ。ほら、おじいさんのID素子を預かっているんだ」
「っ!」
子供は目を見開き、口元を抑えた。
血塗れのカードは視覚的なインパクトが大きいようだ。
「ほら、ここにおじいさんの名前が書かれているだろう? おじさんは君のおじいさんからこれを預かってきたんだ」
「まぁ……! うそかもなんておもってごめんなさい。おじいさまのところへつれていっていただけますか?」
「あぁ、急ごう。おじいさんはとても苦しそうだったよ。早く顔を見せてあげよう。君がいればきっと持ち直す」
かどわかすだけなら、なにもこんな寒い芝居を打つ必要などない。力づくで連れ去ればいい。だが――恐怖と絶望には鮮度がある。簡易凌遅虐殺台にかけられるその瞬間まで、自分は愛されていて、痛みや苦しみなど無縁な生を送るのだと、無邪気に信じ込ませなければならない。その落差が極上の罪を生む。ダラダラと嗜虐心に任せて暴力を振るうなど非効率の極みである。
少女の矮躯を抱え上げ、自らの鍛え抜かれた前腕に座らせる。
「おっと、レディに失礼だったかな?」
「いいえ、おてすうをおかけして、ありがとうですわ。ほんとうに、なんとおれいをもうしあげたらですわ」
よく手入れされた、柔らかい黒髪がヴァシムの鼻先をくすぐった。
罪業駆動式直結車両へ向かいながら、この少女をさてどうするかと考える。しかるべきルートに流せば数か月は遊んで暮らせる金が手に入るし、自分で惨たらしく殺せばさらなる力が手に入るだろう。あるいは――初潮の訪れを待って子供を産ませてみるのもいいかもしれない。子殺しの大罪はヴァシムをさらなる高みへと押し上げてくれるだろう。
「わたくし、シアラ・ニックアントム・ヴァルデスってゆいますの。あなたのおなまえをおしえていただきたいですの」
ヴァシムは眉を上げた。ミドルネーム持ち。人類が楽園を追われる以前、神話の時代にまで起源を遡る「青き血脈」の末裔か。
「……ヴァシムだ。御大層な家名はない」
衝撃をごまかすために、うめくように答える。
――特大の厄ネタを引いちまった。
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