絶罪殺機アンタゴニアス #3
暗い目の男は、右腕で口元を隠し、左腕は背中に回した。
丹田で回り続けていた大地の反動が、気穴を基点に全身の気脈を巡り、内息の律動と同期して増幅される。
二挺拳銃が唸りを帯びて赤熱した。
撃針が雷管を叩き、激発。
二頭の龍が咆哮を上げ、勁力射撃の反動が男の体を独楽のように回転させる。
そのまま落下。
三度目にして最後、そして最大の爆音。
霊威を帯びた勁風が着地した男を中心に発散され、呆然と見ていた貧民たちの髪や衣服をはためかせた。
体重の何倍もの勁力が鋼板に打ち込まれ、螺旋のひねりを加えられながら遥か地下深くへと浸透してゆく。
半狂乱になった機動牢獄たちは貧民たちの血肉のついた節足を振り回すが、仲間の装甲をぎゃりりと削るばかりであった。即座に赤外線や音響による探知に切り替えるような知識と判断力を持った囚人などひとりもいない。彼らは思いがけない玩具を与えられただけの、ただの人殺しゆえに。
殺戮の嚆矢は、地の底から返ってくるエネルギーの反動という形で男の総身に宿った。
かつて人類が土の上に暮らしていた頃、内家拳士たちは大地を巡る龍脈から力を汲みだして超絶の功夫を練り上げていた。
だが、全地表が自己増殖するメタルセルユニット構造に覆い尽くされ、「世界は球体である」という常識が名実ともに破壊された現代において、どれほど力強く踏み込もうが龍脈の力が反響してくることなどあり得ない。
すなわち、今男の全経脈を巡っているのは、大地力とはまったく異なる力だ。
それが何なのか、男は知らない。だが、この場所でのみ、己が内功に昏く熱い力が上乗せされることを知ったとき、胸の裡で理性や保身の箍が外れるのを感じた。
この場所には何かが埋まっている。
ゆえに〈法務院〉は執拗に機動牢獄を差し向けて制圧を図っている。重罪を犯した囚人は、彼らにとって極めて重要なエネルギー資源であるにもかかわらず、湯水のように気前よく投入し続けている。
それほどまでに重要な何かが、この貧民街にはある。
だが――知ったことではなかった。
「これは断罪ではない。お前たちが死ぬのは、お前たちの悪行ゆえではない」
暗い目の男が、口を開く。重く掠れた声。
その上背からは、黒紫の勁気が立ち上り、大気を穢し続けていた。
「この行いに意味はない。――理不尽に終われ」
そう――無意味だ。こんなことをしても何も変わらない。
男自身、それは骨身にしみてわかっていた。