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裏でもかいたつもりかね

  目次

 ――敵がシャーリィ殿下を狙ってくることなど最初から予測済みであった。

 彼女こそ三人の英雄の生命線であり、正面からの武力的打倒が難しい以上、〈道化師〉らが姫君をかどわかすために動くであろうことを総十郎はほとんど確信していた。
 不動明王の身代わり札。
 普段総十郎はこの術式を、物品を札に変化へんげさせて携帯性を高める用途で用いている。
 だがそれはもちろん本来の使い方ではなく、不動明王氏の憤怒形ふんぬぎょうもいささか困惑混じりのものになっていたりするのだが――

 ――きっと今頃、我が偉大なるマブダチどのは喜色満面の憤怒形であろう。

 本来の使い方で殿下の身代わりを作り、簡単な式神を憑依させて森の中を一人で食材集めをさせていたのだ。
 まんまと食いついた。本物のシャーリィ殿下が声を喪っている点も、今回ばかりは良い方に作用した。本物の人間のように式神を会話させるなどと言う奇跡は、さしもの総十郎もすぐには成せない。なんとなく殿下がやりそうな動作をさせるだけに機能を絞れたため、うまく〈道化師〉を欺けた。ついでに誘拐中の会話もすべてこちらに筒抜けである。

 ――とはいえ、凌がれるとはな。

 不意打ちの嚆矢として、黒神烈火の「天才ビヰム」なる技を選んだのは、この技の射程と即効性と、なにより非致死性が決め手である。烈火いわく、「元の世界でも人間に誤射ったことあっけど、どいつもこいつも髪がアフロになって黒く煤けて気絶するだけで死ななかった」らしい。そのわりに、非生物に対する破壊力は凄まじいなどという言葉ではとても足りないほどの域であり、実に非合理的だ。一体どういうことなのか大層気になるが、今は考察している場合ではない。
 本来の作戦では、彼らが殿下(身代わり札)を殺した瞬間、裏書きしていた熾盛光咒が発動。目をくらませた瞬間に天才ビヰムが炸裂するはずであったのだが、さすがに勘が鋭い。

「〈道化師〉くん。君のその術、どうやら振り向ける対象の数に制限があるようだな。」

 相も変わらずローブの少年の力で動きを固定されながら、総十郎はのんびりと声をかける。
 目の前では、奇妙な舞いが繰り広げられていた。
 遠方より飛来する青白い光弾。妖精たちの翅の間を通過するたびに鋭角的に軌道が変化し、あらゆる方向から〈道化師〉に襲い掛かる。対する〈道化師〉は、右手を総十郎にかざしながら、左手でこの攻勢に対処。五指をそれぞれ一定の規則性をもって動かす。まるで操り人形でもしているかのような、複雑にして精妙な操作。すると、光弾の数々はぐにゃりと軌道を捻じ曲げ、地面に着弾した。

「実はそうなんだよヤビソー氏。こうやって見えないところから一方的に攻撃されると、僕はあんがい脆いんだ。参ったね」

 言いながら、不可解な指の動きを繰り返して、光弾を次々と捌いてゆく。

というわけで少し手伝ってくれるかな?」

 総十郎に振り向けている右手を、複雑に蠢かせる。

「……なんと。」

 すると、総十郎の体が、本人の意志とは裏腹に、勝手に動き始めた。
 ぎくしゃくとぎこちない動きで〈道化師〉のそばに立ち、両腕を広げた。本当に操り人形にされてしまったかのようだ。

「止めるだけでなく操ることもできるのか。これはなんとも、驚異的な力であるな。」
「さすがに他者の身体操作までできるのは、故郷でも僕ひとりだけさ。これでも神童で通ってるんでね。そういうわけで、そこで僕のための弾除けになって欲しい」
「さて、フィンくんの射撃は曲がるぞ。さして意味のあることとは思えぬが。」
「なに、来る方向を限定してくれるだけで充分さ」

 言って、総十郎と背中合わせに〈道化師〉は立った。まるで背中を預け合う戦友のような様である。

「――さて、フィンくん! 僕としては攻撃をやめてくれると嬉しいんだけどな。なにしろホラ、ヴォルダガッダとかと違って繊細だから、当たったら痛くて泣いちゃうかもなあ。頼むよ。僕と君の仲じゃないか」

 すると、一瞬光弾の雨がやんだ。
 妖精たちが滞空し、翅を震わせる。

〈……オブスキュアを燃やすなんてひどいこと言う人とは、ともだちにはなれないであります。キライでありますっ〉
「やれやれ、聞いていたのか。きみに嫌われるというのは哀しいな。とても胸が痛むよ」
〈わけを話してほしいでありますっ! あなたはそんなひどいことをするひとじゃないはずでありますっ!〉
「わけ、ねえ……」

 背後で〈道化師〉が嗤ったことが、総十郎にも伝わってきた。

「……世界すべてと引き換えにしてでも守りたい人、というものを持てば、わかるようになると思うよ」
〈……えっ……〉

 総十郎は口を開いた。

「フィンくん。この手合いと迂闊に言葉を交わさない方がよい。煙に巻かれるばかりである。」
〈で、でも、誰かを助けるためにこの人は……〉
「動機は行動を正当化しない。それに、声を聴いただけでわかるとも。彼はこの場で誠意ある会話など行うつもりがない。」
「おや、バレちゃったか。ヤビソー氏の言うとおりだよフィンくん。僕みたいな悪党の言葉なんかいちいち真に受けちゃ駄目さ」

 〈道化師〉は音高く指を鳴らした。

「そんなだから時間稼ぎを許すんだよ」

 瞬間、空が陰った。
 視界の端を、黒紫の巨影がかすめてゆく。
 その姿を認識するだけで脳が歪んでゆくような、寒気を伴う存在感。

【続く】

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